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いつかしなければならない事 後回しにした理由
ドリーム小説 結局何も言えなかった。苛付きはしない、けれど何となく不快な感情には眉を顰めながら庭に足を向けた。庭に出ると夜風が気持ち良く、不快な感情も流されて行く様に感じた。どうせもう寝る時間はほとんど無いのだ、このまま此処で朝を迎えるのもいいだろう。
、様?」
かけられた声に振り返ると王の思い人がいた。多分初の女性官吏になるであろう彼女。その表情に、不快な感情が再び生まれる。
「あのっ!」
返した目線だけで、こちらの感情を察知したのだろう。躊躇ってから彼女は口を開いた。
「その、様ってその、女性だったんですか?」
「どうして?」
だったとは妙な言い方だと思う。
「……静蘭がそう言っていたので」
「静蘭ですか。たしかに口止めはしていませんでしたね」
「じゃあ」
「ええ、そうですよ。それが何か?」
秀麗は口ごもった。
「卑怯だと?自分は受かったとしても差別や嘲笑や罵倒を受けなければならいのにと?」
「………っ、そんな事は」
「思っていないはずはありませんよ。でなければ、絳攸に告げられた後にわざわざ私に会いに来たりはしないでしょう?」
分かっている。この少女の真っ直ぐさや綺麗事に自分は苛立つのだ。けれどそれは、多分ただの嫉妬なのだろう。今、この少女が自分に抱いている感情と同じ。一体どうやってと思っているのだろうが、自分がした事は簡単だ。
「けれどあなただって、やろうと思えば出来たのですよ。隠し通すだけの演技力に注意力、それに上へのコネ。私が使ったのはそれだけ、後はばれた時の覚悟ぐらいです」
、は何が何でも官吏にならなくてはならなかった。そうしなければ守れないものがあった。だから出来た。



燕青並びに茶州の禿鷹を見送って数日後、は執務室にいた。

劉輝に呼ばれ、は及第点に及ばなかった書類から目を上げた。
「何です?」
「そなたも受ける気は無いか?」
何を、とは劉輝は言わなかった。
「……受けるのは別にかまいません」
「本当か!」
劉輝は身を乗り出した。
「けれど、それには色々としなければならいない事がありますね。万が一にも処罰されない方法を取らなくてはなりませんし、最低姓の一つと、後継に付いてくれる様な高官を探さなくてはなりません」
「うむ」
「それを考えると、今回は遠慮したいと思います」
「……うむ」
劉輝は体を戻し、少し俯いた。視線が机の線をたどる。
「女人の合格者が心配ですか?しかし特別扱いは出来ませんよ」
「分かっている。ただ、合格圏内の者が一人と言うのはな」
心配顔の劉輝には休憩を勧めた。お茶を淹れるためにお湯を沸かしながら、そっとは胸の辺りを触ってみた。膨らみは感じられない。それもそのはず、百合の指導の下、の胸は全く女らしい膨らみが無い様に縛ってあるのだ。
いつかはしなくてはならない事。本当は自分だけ使える方法をは持っていた。けれど先延ばしにした本当の理由は上位及第者の中に彼女がいるからだ。龍蓮的に言ってその確立は九割九部九厘。他一厘は秀麗が龍蓮の笛に耐えられない場合のみだと思う。六年前はそれほど苦手に感じなかったと言うのに。月日と共に変わったのは自分の方だろうか。
「おいしいですね」
「うむ、余はこの桃が一番好きなのだ。来年も食べたいと思う」
「そうですね。今年はもう終わりの時期ですね」
は何が好きなのだ?」
唐突な質問には手を止める。
「果物ですか?そうですね……李も好きですが、やっぱり蜜柑でしょうか」
「紅州は蜜柑が有名らしいな」
「ええ、さらにあの人が特別に開発させましたから」
「紅尚書が?蜜柑好きなのか?」
驚く劉輝にもう一つ桃を剥いてやりながら、は笑った。
「とある少女の為ですよ」
「………そうか」
の答えに劉輝は黎深の殺気を思い出して顔を青くさせた。
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