← back to index
さくらに見る記憶
ドリーム小説 辺りには悲鳴と剣戟、そして劉輝の叫び声に包まれていた。は気絶した男を邪魔だと横腹を蹴って退かせ、さらに背後の男に短刀を投げそうになって踏みとどまった。やりにくい。その一瞬後、の代わりに横から来た剣によって男は気絶させられた。ちょうど、楸瑛と背中合わせになる。
「どうかしたんだい?」
「剣は苦手です」
背後で楸瑛が驚く気配がした。離れて二人は男達を気絶させて行く。暫くしてまた、二人の背中が近くなった。
「嫌味?」
「違います」
今度はあまり離れずに気絶させる。
「手加減出来ないんです。……って、あーもう」
言うとは剣を投げた。決して短くない剣は人の間を縫って飛んで行き、庭の隅に転がった。
「え」
楸瑛は思わず声をあげた。彼は剣無しでどうするつもりだ。
「ご心配なく」
楸瑛が何か言う前にそう言った、は塀の上に飛び上がり、右手を真横に振った様に楸瑛には見えた。次々と周りの男が倒れていく、振り返ると劉輝と静蘭の周りにも立っている男はいなかった。
「今のはなんだ?」
が塀から飛び降りると、少年は首を傾げて訊いて来た。
「即効性の睡眠薬です。四半刻程度の物ですから、早く縛ってしまいましょう。燕青殿、縄はお持ちですか?」
「ああ、持ってるぜ」
今だ、ぼーとしている彼らとは違い、はさっさと賊を縛り終えたかった。



暴れる秀麗を劉輝が止める。は箸を止めていた。横には絳攸と楸瑛、燕青が彼らを同じように見ていた。
これから丸裸な庭に桜が植えられる。それを毎日少女は見るのだろう。
昔、自分も庭に桜を植えようとした事がある。結局それは叶わなかったけれど。
『だめだよ鎖蝶。君は夜に起きて朝に眠るんだ。だから、庭なんていらないだろう?』
『でも……』
そう頷かないでいると、彼は悲しそうに自分を抱き寄せた。耳元で彼の声が聞こえる。
『愛してるよ鎖蝶。本当は君を誰にも見せたくないんだ。でもそれは叶わない願い。だからせめて、昼は眠っていて、私以外には会わないで』
その声は少し泣きそうに思えた。
「………様………様」
は眼を瞬かせる。見れば全員がを見ていた。その顔に浮かぶのは気遣いや心配。どうやら記憶に酔ってしまったらしい。
「すみません。少し、考え事をしていて。どうぞお気になさらないで下さい」
「そう言うなら良いけどな。俺らが心配してるのはそれじゃない」
「はい?」
斜め前に座っていた燕青の言葉には心当たりが無かった。
「心当たりが無いとは言わせないぜ。この量は何だ?」
燕青はの取り皿を指差す。
「何と言われましても……困るのですけれど、何か問題でも?」
答えたのは絳攸だった。
「兄上。いくら何でも少なすぎる」
たしかに、皿の上には少ししか具が乗っていなかった。
空腹感が無い訳じゃない。ただ、食べたくないだけ。けれどそんな事を言えば余計心配されるのは目に見えている。どうやって誤魔化そうかとは視線を漂わせた。
結局誤魔化し方は浮かばず、絳攸と燕青の手によって少し多めに食べる事となった。



夜、横室の絳攸が秀麗に話があると出て行った後、は劉輝が宛がわれた室の前に来ていた。否、正確には入るか否かを迷っていた。
「お、もか?」
「燕青殿……ご一緒しても?」
「いいぜ」
「それにしても、今の方が良いと思いますよ」
髭と……前髪も少し切っただろうか、随分とさっぱりして見えた。
そうなると、十数年前と余り変わらないと思ってしまう。少なくとも性格は全然変わっていない。
「髭の良さが分からないなんて、お子様だぜ」
「一体、私をいくつだと思ってるんです?」
くすくすとは笑った。この男は一体、翔深をどこまで理解したのだろうか。
「え、そりゃ……」
「そりゃ?」
「良いだろ。ほら叩くぞ」
「………?誰だ?」
「燕青とです。ちょっと入ってもいいですか?」
入室許可を貰い燕青の後に入室する。やはり劉輝は思いっきり驚いていた。
「驚くほどの事でも無いと思うんですけど。お疲れだろうから迷ったんですが、これ以上良い機会も無さそうなんでお邪魔させていただきました。ちょいと話を聞いていただけますか?ほらさっき、今夜が過ぎたら俺の事情を話すと約束したでしょう」
丁寧だが有無を言わせ無い口調。鄭悠舜の影響か、それとも州牧としての十年間の成長だろうか。
「余、私にか?話なら市中警護を引き受けた白大将軍に、明日でも」
この時点で、普通の人間にはいえない事を言っていると劉輝は気付いているのだろうか。それは間違いなく武官か高官吏でなければ言えない言葉。
「いいえ、私は最初からあなたに話すために貴陽に来たんです。今上陛下」
燕青と劉輝が茶州の事を話していたが、はそれを耳半分で聞いていた。知っていた知識が多かったとは言え、興味が無かったわけではない。けれど本当はそれよりも大きな問題があったからだった。
燕青に自分は鎖蝶だと告げるべきか。そして、次の国試を女性として受けるか。
一つはまだ猶予がある。しかしもう一つはおそらく今夜に決めなければならないだろうとは思っていた。
← back to index