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まさに悪役
ドリーム小説 監禁された寝室で秀麗はぶすぶす、と刺繍針を布に刺していた。
脇には監視役の珠翠が入れてくれたお茶、香鈴からの香料が置いてある。
さすがに疲れてきた秀麗は手を止め、脇に控えていた珠翠に尋ねた。
「…………ねえ、珠翠。後宮で様って有名?」
「ええ。藍将軍に張り合うぐらいは人気ですよ」
「え、じゃあ藍将軍みたいに?」
珠翠の言う所によると、藍将軍は三日とあけずに後宮にやって来ては、朝帰りをし、泣かした相手は数知れず、そして相手はそのまま後宮を去ってしまうそうだ。
しかし、珠翠はきっぱりと言い切った。
「いえ、様は藍将軍なんかより断然素晴らしい方です。この間も、藍将軍に振られ後宮を去ろうとしていた女官が、様の言葉で残ってくれました。様は女性思いのお優しい方です。ただ………特別思い人がいる訳でもない様ですが」
「へえ…………」
珠翠の入れてくれたお茶を飲む。
聞いておいてなんだが、秀麗もの事はよく分かっていなかった。
昔一緒に住んでいたのは憶えている。男物ばかり着ている人だった。
他に、幼かった自分が憶えているのは彼女の笑顔ぐらいだ。何だか違和感のある、そう、言うなれば――人形のような
今のの笑顔などほとんど数えるほどしか見た事はない。
なのになぜだろう、薄れゆく意識の中で、それは今もほとんど変わらない気がした。



珠翠の毒で倒れた秀麗に、念のため首筋を叩いて、は秀麗を持ち上げた。
しゃらしゃらと、簪が鳴る。置いていこうかと思ったが、そうすると髪が邪魔になるのでそのままにして窓から飛び出す。
仙洞省。邪心ある者には死を与える、彩八仙しか入る事ができないと言われる高楼。
開けとくとは言われたものの、ここは開かないはずだ。だがそれも全て、霄太師ならありえると思えてしまう。
本当に伝説通りならば、霄太師は仙か仙の知り合いという事になる。入れれば、自分は仙の知り合いと言う事になるのだろうか。
「まさか」
ふっとは鼻で笑った。
仙洞省の扉は、気味が悪いほど簡単に開いた。二階に秀麗を横たえさせ、猿轡をする。
終わるとすばやく高楼を出、茶太保の元へ向かう。その足どりは速い。
やはり仙洞省は何かが違った。
暗さなどではない、もっと根本的な―――空気が違った。



同時刻、後宮で絳攸が香鈴を発見、すぐさま声を張り上げたが、紅貴妃の姿はすでになかった。
「……私たちが囲んでいたところから秀麗殿を連れて煙のように消えるとは、相当の手練と見える」
役目を果たす前に倒れた香鈴。以前から劉輝たちが見張っていた少女は何者かに出し抜かれたのだった。
「だが、少なくとも香鈴の動機は判明したな。彼女の背後にいる人物もだ。もっとも──香鈴のことは彼も予想外だったはずだが」
絳攸が皮肉げに呟く。考えたのは数泊。劉輝はすぐに決断し側近に命じた。それに頷いたが、絳攸はすぐに口を開いた。
「――――ところで主上行方不明者が二人いますね」
「違う」
「根拠は?」
「ない――けど――」
「話になりませんね」
絳攸は短く切り捨てた。に対してなら、絳攸も沢山の根拠のないものを抱えていた。
「………主上、二人には花を贈らなかったそうですね?なぜです?」
「──そんな事を心で確かめなくても、静蘭は裏切らない。自らの意思で花を受け取ったそなたらが、余のために力を貸してくれるのを疑わないのと同じに」
あの笑顔は嘘ではない。そう劉輝は信じている。
殿に関しては?」
は―――今贈っても受け取ってはくれない気がする。そなたらに花を与えてから、なんとなく余は避けられている。それは――時を待てと言われた気がした」
「……そうですか」
「にしても随分高い評価をして頂いているようで」
「評価じゃない。知ってるんだ。頑固で融通が利かなくて斜に構えていて、権力に絶対おもねらない。傲慢なくらい自尊心が高くて、自分に確固たる自信があって、理不尽に頭を下げることをよしとしない」
同時に二人は思った。悪くない。
「では主上のお目がねでは、二人とも白だと?」
「そうだ。だが、には何かある」
まさかと絳攸が口を開こうとした時、窓から何かが飛び込んできた。
劉輝をかばい、楸瑛はすぐに窓に駆け寄ったが、相手の姿は見当らない。ちっと舌打ちをする。それを見て素早く絳攸が文をほどく。文を見て劉輝の目に強い光がともった。
「主上」
「先ほどの指示を。こちらは、私が行く」



その部屋は強い血の臭いがした。
床に広がるのは血の海と人。立っているものは一人もいなかった。その中から静蘭を見付け出し、脈を見、腿の傷を見た。
安堵の息をつき、数秒後、迷いなく自分の袖口を裂き、静蘭の腿を縛りはじめる。縛り終わるとしばらく痣だらけの静蘭の顔を見つめていたが、人の気配を感じそこを後にした。
手勢をひき、入れ違いに楸瑛は入ってきた。男たちの致命傷となった傷を見る。ほとんどの男達が胴から首を切り落とされている。同じ手口で、一度に十人以上も。
「一体誰が……」
怪我人を見つけたと、武官に呼ばれ、重傷の静蘭を見て楸瑛は目を細めた。
「これは………彼を急いで紫宸殿に連れて行け!」
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