ドリーム小説
静蘭のことを考えながら、楸瑛と歩いていたは、官吏の一人に呼び止められた。
「李官吏――っ!紅尚書がお呼びです」
いささか焦ったその声は、探すのに時間がかかった事を表していた。それも仕方がないだことだろう、先ほどまでは庭の奥にいたのだから。気の毒に、この官吏はきっと黎深に何を言われるだろうかと思っているのだろう。もう知っているだろうが、彼に罪は無いと黎深に言っておこう。相変わらずの吏部を見ながら、が吏部尚書室に入るとそこにはなぜか絳攸もいた。
「遅い」
後ろで例の官吏がヒッと後ずさりし、急いで礼をして去っていった。
「そんなに彼を攻めないでやってくださいよ。むしろ文句は、突然勝負を挑んでくる宋太博に言ってください」
「それはお前が悪いんだろう」
「…………今度行きますから、それで主上付きの間は何とかします。それで、私と絳攸を呼んでご用件は?」
「これを兄上に届けてくれ」
そう黎深が、と絳攸の前に取り出したのは、一目で純銀製とわかる茶器だった。純銀は毒に反応する。
「警告ですか」
「あの洟垂れ小僧などどうでもいい。秀麗の安全だけは守れ」
まだ役立たずとは言え、一国の王にそれは無いんじゃと言う者などここにはおらず、二人はすぐに頷き、桐箱を持って退室した。
上司から秀麗へ、純銀の茶器を預かって来たと聞いた楸瑛は、笑みを消した。
やや、して口を開く。
「王は、どうするだろうね?」
「純銀の意味もわからぬ馬鹿ではないだろう。後は早さだ」
純銀は毒に反応すると黒くなる。
「――――殿はどうするだろうね」
絳攸は何も言わない。
「彼は………どうして文官に?」
「―――何を今更」
の文官としての能力は、楸瑛もここひとつき十分に見て来たはずである。
「知らないのかい?聞けば、大将軍達より強いらしいよ。今日も宋太博と一戦交えていたし。もし彼が武官だったら、今頃は大将軍になっていたかもしれないね」
「……そんなに兄上は強かったのか」
「それにしても、私は彼に嫌われている気がするよ。君の兄だというのにね、愛しい人。これじゃあ君と私の仲を認めてはもらえないね」
「ばっ、ふざけるな常春頭!貴様との仲など今すぐに切ってくれるわ!」
「相変わらずつれないねえ。でも、殿も相当なんだよ?」
「――――何のことだ?」
「後宮で様と言えば有名だよ?何でも、私とはり合うぐらいの人気で、尚且つ私より優しいそうでね」
とん、と軽い音を立てて土に降り立つ。相変わらず殺風景な庭を通り過ぎ、目的の部屋の前で止まる。少したって開かれた扉の中に、彼はいた。横に座り、持っていた小瓶も置く。の杯に酒が注がれる。
「ねえ、静蘭。どう思う?」
「何のことですか?」
自分の杯にも注いでいた静蘭は少し顔を上げ、目線のみをに向けた。
「主上のことだよ」
注がれていく酒を見ながら、は答えた。静蘭が小瓶を傾けるのをやめた。
「何かありましたか?」
「――――やっぱり、分かるんだね。静蘭には嘘はつけないよ」
「……ご冗談を」
くすくすくすとは笑った。
静蘭には今のが嘘だともばれているだろう。そう、嘘ぐらい幾らでも付いて来た。その中にはばれていない物もある。だが、静蘭に見抜かれる事が多いのも確かだった。流石である。
少し飲んで、は本題に入った。
「今日、私と絳攸と邵可様経由で、黎深から秀麗様に純銀の茶器が送られたよ」
「…………それは」
「どう思う?」
「まあ、信用出来そうな―――李侍朗と藍将軍とあなたに協力を仰ぐのが普通でしょうね」
「『花』を贈るかな」
「それは……主上の考え次第ですが。は『花』を渡されたらどうします?」
「そうだね。たぶん『花』が『下賜の花』になる事はないよ」
「それはまた……――理由をお聞きしても?」
一呼吸置いて、は月に目を向けた。
「面白いと思うよ。だけど、受け取れない」
残念だよねと言っては、空になっていた静蘭の杯に酒を注いだ。その様子を見ていた静蘭は何を思ったのか呟いた。
「面高」
「うん?面高がどうした?」
「いえ、にはどんな花だろうと重いまして」
面高は別名、沢瀉とも言う。花言葉は高潔、信頼。花言葉を浮かべては苦笑した。
「買かぶりすぎだよ」
「そうですか?花言葉なんて大げさな物が多いのですよ」
「そうだとしても、高潔は静蘭いや、あの頃の清苑公子様に相応しいと思うよ」
そのふざけた物言いが、冗談だと言っていた。
「ならば今は?」
「そう……玉の緒なんてどう?『上品な美』はともかく、『静穏を愛する』だよ」
静蘭の微妙に嫌そうな顔に、は慌てて言いなおした。
「もちろん静蘭は美人だよ。ただ、上品と言うよりは華やかの方が正確しいかと」
「如何せ、女顔ですから……」
「え、気にするのはそこ!?大丈夫だって。秀麗殿はそんな事気にしないから」
「――――そうですよね」
にこっと静蘭は微笑んだ。
「うん」
本当に静蘭は秀麗の事が大好きなのだと思う。けれどそれは、自分が絳攸と黎深に向けるものとは違う気がする。ふと、の中で何かが引っかかったような気がしたが、それは波に起こった波紋のように、捕まえられずにすぐに消えてしまった。