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友人の養い子
ドリーム小説
「ご馳走さまでした」
朝、日課の精神統一と皆での朝食を終えたは、今日も丁寧に秀麗にお礼を言って席を立つ。
「では、行ってきます。秀麗様、邵可様」
「行ってまいります」
「いってらしゃい。、静蘭」
秀麗作の饅頭を持ったと、剣を持った静蘭は同じ方向へ歩き出した。
もいつもは秀麗と共に家に残るのだが、今日は久しぶりに知人の所へ遊びに行く事になっている。
今は初夏、が邵可邸に住まわせてもらうようになってはや1年。
とりあえずと、料理、洗濯、掃除を秀麗から教わり、静蘭に皆には内緒で護身術を習った。ただ静蘭にとっての護身術とは文字通り、自分の身を守る術だったので、ついでとばかりに毒の知識も詳しく教えてもらった。
これだけの事を一気に始めた所、本人が思った通り精一杯になったので、学問の事はしばらく脇に避けてこの間まで過ごしていた。
そしてこの間やっと余裕が出来き、は二人師を見つけ学問を始めた。
なぜ師が二人なのか、もともとは一人であった。しかしその人の余りの急がしさを見て、友人は臨時に一人よこした。するとは臨時の彼も師としたくなってしまったのだ。二人と言うのはやはりいけないのだろうかと思い切って友人に打ち明けてみた所、次の日、両方から了解の意が告げられた。
出世をしたい師と、その官に骨を埋める気の師。二人とも教え方は厳しいし、一人は嫌味っぽく、もう一人が出す宿題の量は半端ではなかったが、友人が紹介してくれたその師は、見た目はどうであれ二人ともにとって最高の師であった。
そんな師二人を紹介してくれた友人に心から礼にいこうかと、文を出し、友人たっての希望の服に着替え、は友人が確実に歓喜するだろう秀麗作の出来立て饅頭を土産に城に向かっていた。
しかし、良く考えてみると横にいる静蘭から見て、可笑しいことが多いはずだ。
一つ目、城には女人は入ってはいけないはずである。
二つ目にどうして友人に会いに行くのに城なのか、念のため言っておくと、友人は城に住んでいる主上などではなく、かなり立派な邸宅を持っている。
三つ目今までのを仮に良しとしても今は平日。明らかに仕事の時間である。
の頭でこれだけの事が浮かんだのだから、当時公子一の切れ者と言われた彼――清苑公子の頭の中には沢山の項目が並んでいるだろうに、彼は追及しない。
今日だけではない、このごろ彼はに何も追求しない。さらに見張られている感覚、威圧感も無くなりつつあった。
これに関してには理由が全くわからず、師に聞いてみたが今のままで良いと明確な説明は返ってこなかった。
静蘭と別れたは外朝を進む。
その迷いの無い足取は何度も朝廷を訪れていることを表していたが、今日はなれない服装で少し忍び込むのに手間取ってしまった。
なんせ女の格好はちらりとも人に姿をさらすことができないのだ。それならさっさと入れと友人は言うだろうが、部屋には先ほど彼の部下らしき人が入ったままなのであった。
すぐ終わるだろうと近くの草むらに隠れたのだがの予想に反して彼は一向に出てきてくれず、そうしている間に友人の顔見知りの影がの姿を見つけ、知らせに行ってくれた。
しかし、今開いた戸からは友人の部下ではなく明らかに友人の――紅家当主、紅黎深の扇の先が出ており数秒後、の方を向いて上下に数回揺れた。

部下は良いのだろうかと思う。もしかして吏部尚書の部屋には裏口があるのだろうか。
招く入り口、追い出す出口。
いる者といらない物。
早く、人が来ない内に部屋に入らなくてはと思い、友人なので入室の挨拶は省き、ササッと部屋に入る。
と、黎深以外の気配を感じとっさにご信用の短刀に手をかける。目に入ったのは先ほど部屋に入っていった官吏。
「!………なんでおん」
「おまえは黙っていろ」
命令口調。彼が黎深の命令を聞いたと言う事はとりあえず危害を加えない相手、黎深が自分に会わせようとおもったのだろうと認識しておく。短刀から手を戻しながら、見覚えのある官吏だと思う。前に会った事でもあっただろうか。
「おはようございます黎深様。こちらの方は?」
「久しぶりに会うというのに、君は私よりこれを優先するのか?」
「いや、そんなことはないですけど」
「だったら速く手に持っているそれでお茶にしよう。それに、これに敬語などいらない」
黎深が急かすのでしかたがなく、は見覚えのある少年をほって3人分お茶を入れた。
「この間はどうもありがとうございました」
「ああ、別にいい。それよりも中は何だ?」
「これなんだと思います?」
喜ぶであろう友人の顔を想像しながら、一見『おいしそうな饅頭』を机に盛る。
「君が作ったのか」
「まさかそんな手間のかかる事。これは貴方の愛しい姪、秀麗様作です」



「何!秀麗の!」
邵可の娘作饅頭を―つ手に取ってかじった瞬間、感極まった黎深はほっとくつもりらしく、やっとと言うように先ほど入ってきた少女は絳攸に向きやった。
二人の間に沈黙が続く。余りの時間に痺れを切らし、絳攸が口を開こうとするころ、少女は
「ふむ」
そう一言呟いてそれっきり視線を外し自らも饅頭を食べ始めた。
女とは訳がわからない。
「どうだ。それが私の養い子の李絳攸だ」
の「ふむ」ぐらいに長い旅を終え、現実世界に戻ってきた黎深は自分より若いに聞いた。そして、尋ねられてからもしばらく真剣に饅頭を食べていたと言う少女は、結局半分ほど食べた所で口を開いた。
「全体的に整った顔立ちをしていますね。一般より少し硬い、しかし質の良い薄緑の入った白銀の髪と無表情。後、黎深にはない真面目さがありそうですね」
視線を菓子に向けたままはスラスラと評価を述べていく。それは間違いなく賛辞だった。
「ほう、珍しいな。やはりこれが気に入ったか」
「いえ」
黎深は何も言わない。
今日は、重ねて何も言わないだけ良い方だと思う
は続ける。
「実は今日来た理由に、お礼以外もあったんですけれどやめとくことにしますよ」
「………いや。絳攸、何をしている。茶を飲んだら早く仕事に戻りなさい」
「は、はい」
思考に沈んでいた絳攸ははっと黎深を見たが、彼の視線はを見て口元は扇で隠されていたのでほとんど顔は見えなかった。それが余計自分の事など気にしていないように感じられ、その考えを追い出そうと入れてもらった茶を飲み干し立ち上がった。
様。お茶を入れていただいてありがとうございました」
そう言うと、相手の返答も待たずに吏部尚書室を出て自分の机のある吏部室に向かって歩き出した。



絳攸が去った後、部屋には緊張が漂っていた。先に口を開いたのは黎深だった。
「………落ちたか」
その言葉を聞いてはガバッと顔を上げた。
「おちた?」
黎深は確信を持って頷いた。
「この子に好かれたい、喜ぶ事なら何でもしたいと思った、だろう?」
「…………………でも、黎深は絳攸にそう思っていないでしょう?」
「私はあれに落ちた覚えは無い」
そう言って饅頭を黎深は手に取った。
「ふぅん。にしても…………相変わらず方向音痴?」
「その上、女嫌いだ」
「はあ?」
女嫌いになった理由を事細かく話しさせられ、ついでに食べすぎだと饅頭を取り上げられた黎深は、包まれていく饅頭を眺めていた。
「で、用事とは何だ」
「いや、今はいいです。本当に」
お礼を言うのが主だったからとは言う。
「何だ、言えばいいだろう。お前の用事ならそこまで無理な事でもないんだろう?」
「……いくら霄太師が滞在費を払ってくれるからって、いつまでも邵可邸に余りいる訳にはいけない。だけら、黎深に住める所もしくはお世話になれる所を教えてもらおうと思いまして」
「………… 。君、姓は持っていないんだったな」
「はい。そうですけど何か?」
「いいだろう家に来なさい」
「……紅家!?え、ちょっとそれは」
「あれに嫌われたぐらい何とでも出来だろう。衣食住が保障される上に、私と百合がいるんだ。あれは娘をほしがっていたから簡単に味方につく」
「……………嫌われ」
「………………………」
実際は嫌われていないだろうがと黎深は心の中で呟いた。
「……わかりました。娘って養子にでもするつもりですか?」
「そんなの私には関係ないだろう。百合に聞くがいい。では今日の夜、軒をそちらへよこそう」
「今日……皆にお礼を言わなくちゃ。夕食は?」
「こちらで用意するように言っておく」
「わかりました。ありがとうございます」



「ただいま帰りました」
今日も定時に仕事を終え帰って来た静蘭。だが帰ってきた声は一つ。
めずらしく普通の服を着て、友人の所に行くといっていただった。
「お帰り静蘭。ご飯までちょっといい?話があるんだ」
「あ、はい。お嬢様は?」
「お台所だよ。もう少しかかるって」
その答えに何か違和感を感じたが、話があると言われたのでおとなしく付いて行く。
ついた所は庭だった。三年前に全部食べてしまって芽も出ない、寂しく広い庭。
「静蘭」
「はい」
「突然だけど私、今夜ここを出て行くよ」
「?今夜ですか」
「うん。だから夕食は一緒に食べられないの。結局、私はここで何の役にもたてなかった」
そんな、と言おうとしてやめた。
気休めなんかいらない。彼女のいた1年は短すぎて否定できる物は何もなかった。裁縫一つ彼女が残した物はない。それは少し悲しいと自分にしてはめずらしく、思った。
「荷作りしたら本当に何もなかった。それってさ、つまり私はこの家、この家に住む人と何も無かったのと同じだと思った。本当は違うのに、私がいなくなったとこのうちには何も残らない、私が踏み込んだことの無い、他人の家と同じにるそんな気がして………急遽こんな物を作ったの」
そう言って出したのは、先端に色付きの石が付いた、濃い青色の紐数本
「実際この家で一番印象に残ってるの静蘭だから。護身術と毒の事教えてくれてどうもありがとう。で、この紐がお礼」
はいと渡された。
「…………ありがとうございます」
「いいえ。ちょっと思ったんだけど私って何歳に見える?正直な所」
「は?………14、15じゃないですか?」
「ぷっ。まさか。それじゃあ静蘭の実年齢よりも、偽装年齢よりも年下じゃない」
自分の歳を見抜かれてた。清苑公子の年から考えればわかるか。
「年上って本当ですか」
「自称15決定。ふふふ私の顔もまだまだ行けるわ。幼い顔つきって何て使えるのかしら。大丈夫!静蘭も17に見えるから」
「あなた、絶対私以上に性格が悪いですね」
「おーい、口調が悪くなってるけどいいの?……………意外、自覚してるんだ自分の性格の悪さ。って女に剣向けないでよ」
「殺さないから大丈夫です。単なる癖です」
「癖って何!にこやかに言わないでよ。危ないってそれ!……? 軒が来たみたい」
「えらく豪華な軒ですね」
「私のじゃないもの。これからもちょこちょこ遊びに来るわ。…………ああ、二人に秘密にしといてね?」
「年の事ですか?それならもちろん」
こちらの為にもばらす気などない。
「うん。それよりもこっち。私がお世話になるの邵可様の弟の紅家当主の所なの。本人が秀麗様には秘密にしたいみたいだから言わないでおいて。まあ、邵可様にはすぐにばれるんだろうけど」
邵可様の弟の紅家当主と言えば紅黎深しかいない。霄太師といい黎深といい、簡単に本音を引き出せるような人間ではない。そして……自分も気付けば本音で話している。
はしようと思えば他人の秘密をすぐに聞き出して、握れるのだ。秘密がわかれば人を意のままに操る事はたやすい。
以前の自分がそうだった。公子の立場を最大限に使って、計算し、弟を、親かや兄弟から守っていた。
玄関に向かいながら聞く。
「また、どういうつながりで?」
「ちょっと黎深と友達でね」
「友達!?」
「うん。ここに来てすぐぐらいに拉致されて、危うく殺されかけた。私に経歴や戸籍なんてないし、あっても嘘八百だからね。やまあ、黎深は邵可様と秀麗様を愛しまくってるから、私が秀麗様作お菓子を横流ししてお茶したりしてたの。ちなみに私の学問の師二人を紹介してくれたのも黎深だよ」
静蘭も、夜遅くまで師の所にいる を迎えにいくことがあったので、師が二人いるらしい事は知っていた。
「……黎深の存在のせいで、どんどん別れの場面が『後は野となれ山となれ、友人関係大公開あらびっくり!』になってる気がする」
「あとはのとなれ…?……まあいいじゃありませんか。また来るのでしょう?」
「否定はしないんだ。うん。もちろん。出来るだけ。時々」
「どんどん減ってませんか?」
「…………」
「静蘭はさ、どうだったかわかんないけど。……私は結構好きだったよ君の事。」
静蘭は答えずに
「……この紐付けさせていただきます」
そう言ってにっこり笑う
「………うん。丈夫に作ったから剣があたらない限り大丈夫だと思う。実証済みだから」
「実証ですか………」
護身用ナイフで紐を切っている が浮かんだ。
「手がいたくなるぐらいひっぱったりね」
「はあ」
「いたいた !」
「あ、秀麗様。邵可様。荷物はどうなってます?」
「乗せてあります。またいつでもきてくださいね」
「はい」
「そうよ。料理はまだまだなんだから!」
「はい。材料もって習いに来ます。そうそう邵可様。私って何歳に見えてるんですか?」
「そうだね15ぐらいかな」
「16でしょう。はい、静蘭も一言。すっごく と仲よかったんだから」
「………。そうでしたっけ?」
「うん。二人が話してると、ずれてくのに長いの」
邵可もうなずく
「らしいですので、いらしゃったらまたお話でも」
「うん………………手合わせも。では、短い間でしたがおせわななりました」



***
静蘭との会話はどんどんずれつつ伸びる伸びる。
自称15歳主人公。小細工をすれば後二才ほど下げれます。実年齢は………恐ろしくて公開できない。何たって静蘭がもともと歳をいつわってますから。
静蘭って主人公にとって一番口が滑りやすくて注意人物かもしれません。でも結構静蘭好きな主人公。
にしても本当に邵可と幼い秀麗(11)は喋らない。
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