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そして紡ぐは憐れみの旋律。
がこんとどこか遠くで音がして、気付けば伶華の手の中には何も無くなっていた。
かすかに残るのは指先の痛みのみ。
「二度と、私の前でそれを弾くな」
呼びかけも無く部屋に入って来た彼の声は、珍しくも彼自身の感情が含まれていて、少し掠れていた。
「聞いてるのか」
ああ、彼が怒っている。この音が嫌いなのだろうか。
「はい」
答えると、襟を掴んでいた手が離れていく。
「……何かありましたか?」
「お前に関係無い」
拒絶には慣れた。
顔を上げ、彼のけぶる様に長い睫毛や瞳を見る。少しだけ、感情を拾える事を期待して。
伶華がそうして、彼と視線を合わせた時の反応は主に二つだ。
言葉に沿う様にすぐさま逸らすか。それとも、今日の様に……笑って見つめ返すか。
後者は当時、主に官吏へしていたのだが、伶華はそんな事を知る由も無かった。誰がわかるだろう、彼に一流か二流か判断されているかな ど。
伶華はだだ、理解してみろと言わんばかりだと思っていた。
「……       が   、う」
言葉は途切れさせられ、喉が締め付けられる。
しばしして、飽きたように開放された。
「……東宮弟」
また、難曲をと思いながら、痛む喉を押さえて琴を引き寄せる。
伶華は正に、良家の娘の腕前しか無い。笛ならまだしも、琴は好きでなかった。
これに纏わる記憶が嫌いだ。
「ちがう」
こぼれた様に、曲にまぎれる事を望んだような小さな声は、しかし伶華の耳から離れなくなった。









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