彼の代わりだとしても、君のために何か出来れば
何時ものごとく、仕事をしてくれない上司は定時に屋敷に帰り、絳攸をはじめとする吏部官達は徹夜に入り始めていた。
「…………どっから湧いてきた」
「む、何だその私が虫であるかのような言い方は。さては疲れているのか?」
まともな格好をしているお前の方がおかしいんじゃないかと思ったが、口にしなかった。
「ああそうさ、俺は今疲れているうえに忙しいんだ。と言うわけで他を当たれ」
龍蓮は動かない。まあ、笛を吹かない間はそんなに害は無いかと思いほって置く。
一刻も早く仕事を終わらせ、夕食をとりたかった。

「愚兄其の四は」
「楸瑛?知らないな。邸にいないならまたどこかの女の所にでもいるんだろう」
書翰と向き合ったまま答えた絳攸の耳に、龍蓮のため息が聞こえた。
「?どうした」
「愚兄はどこまで愚かなんだ」
絳攸の問いには答えず、龍蓮はそう呟くと処理される前の書翰を掴んで、絳攸の背中に自らの背中を付け座った。

しばらくして絳攸は背中に重みを感じた。
「おい、重い」
「絳攸」
「何だ」
「この、官吏は計算をわざと間違えている」
絳攸の顔が官吏の顔つきになった。
「何。見せてみろ」
目の前に一枚の書翰が下りてくる。
同時に横から龍蓮の顔が突き出した。
「ここと、ここの数が違う」
「たしかに。だがなぜわざとと分かるんだ?……ああ、算盤か?」
龍蓮が指差した方向にある算盤を取ってわたす。
すぐさまありえない速さで手が動き、止まった。
それは集計にたどり着く一歩手前の計算の答え。
「ああ、そうか。なるほどな」
「算盤で計算してこの間違いはありえない。文官ならなおさらだ」

龍蓮はまた数枚を机案から取り、数枚を抜き出した。
「これと、これで、計二十五枚。全て同じ日付、同じ者だ」
「すまいないがこの官吏の資料を府庫から貰って来てくれないか?」
「時には愚兄其の四の代わりになるのも良いだろう」
室を出て行く龍蓮を何となく筆を止めて、絳攸は見送る。
もうすっかり日は暮れてしまっていた。
この官吏一人でやったと言うことはないだろうから、この案が終わったらきっともう朝になってしまうだろう。
朝食でも奢れば徹夜のわびなるだろうかと思った。
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