注:男主人公。名前はウィリアム・スタンフォードことウィルです。 「アレックス・ウィンスター?」 「そうだ」 友人の口から出た名前は耳に馴染まず、ヒューズは首を傾げた。 「誰だ、それ?」 「それをきいている」 受話器から聞こえてくるロイの声が苛立ったのを感じて、見えない相手にヒューズは若干身を引いた。 「名前だけ言われてもな……年代は?」 「子どもだ」 「子ども?」 「二十」 年端もいかない子どもを想像して、ロイの口から出た年齢に、電話口で大きくため息をついてしまった。二十歳って。 「俺らと大差ないじゃないか」 「……知っているのか、知らないのか?」 苛立った声がおかしくて、謝りながら記憶の糸を辿るが、どうにもそれらしい人物には思い至らない。 「知らないなあ……少し時間くれれば調べられるけど」 「知らないか……。いや……そこまではしなくていい。ただ気になってな」 何でまた、と尋ねれば、ロイは言葉を濁す。 「二十歳前後の男なら、俺らより後輩だろう? 士官学校で一緒だった奴か? どのみち記憶にないが……なんでそんな奴のことを?」 何か気になることがあるのかと尋ねれば、散々迷ったあと、ロイは友人の名前を口走った。 「スタンフォードの副官になった男だ」 「……ウィルの?」 十五で士官学校に入学した年からの付き合いのある賑やかな男を思い出した。最近は何かと忙しくて、なかなか会えていない。暫く前までは、お互いたまに廊下ですれ違ったり、食堂で顔を合わせることはあったのだが、ここ暫くはそれすらない。 忙しくしているのだろうと、勝手に解釈していたが。 「そうだ、副官だ」 電話口でロイが説明したそのアレックス・ウィンスターという男は、どうやら今月からウィリアムの副官になった男で、あまり好意的とは言い難い目をした男だったらしい。誰に対して? そんなことは決まっている。ウィリアムに対してだ。 そう、まったく知らない名前で、まったくの他人であった男。 「お初にお目にかかります。アレックス・ウィンスター准尉であります」 完璧な敬礼をしたその男は、ぱっちりとした緑色の目に緊張の色を宿して、柔らかそうな亜麻色の髪を揺らした 別にこの目の前の男に限ったことではないが、自分より年若い兵を見るたびに感じることを、まるで子どもではないかと、ヒューズは内心思ったのだった。 さて、そのあどけなさの残る、まるで子どものアレックスだが、敵意むき出し、と言えばいいのだろうか。 無理矢理保っている様子の表情では隠しきれていない不満が背後に見える。 「なあ、アレク」 「はい、スタンフォード大尉」 ウィリアムに名を呼ばれて、返事を返すときのあの緊張。堅い声。 横顔に映るのは嫌悪というほどのものではないが、好意にはほど遠い感情だ。不満、不平とでも言えばいいのか。 ロイに聞かれてから個人的に調べ上げたアレックスの経歴は、優秀なもので、どうしてこの男が、当時まだ中尉であった(大尉への昇格が決まっていたが)ウィリアムの副官へと転属となった。理由は不明だ。他人の人事の背景の理由などを、外からそう簡単に窺えるはずない。軍に正式に身をおいてそう長い時間は経っていないから余計にそうだ。年若い下っ端に簡単に明かせるような秘密であるはずはない。 とにかく、得られる少ない情報と、当のアレックスの様子から判断するに、転属はアレックスの希望ではなく、転属にアレックスは納得しているはずもなく、そのうえ、アレックスはどうやらウィリアムを大して好いていない、という点である。 でもその全部が、子どもっぽいというか、なんと言うか。軍人ならば、士官学校を卒業する年に成人する。十八。卒業と同時に大人となり、甘えの許される理由は消える。それが消えたからといって、誰もが子どもでなくなるわけではなくて、実際に人を大人にするのは、経験や覚悟、諦めや決意だ。 それがどうだろう? ウィリアムが勝手に実家に消えたというその連絡の後、一月以上にものぼってウィリアムはセントラルには戻らなかった。 いつも一緒にいた人間がいなくなると、一月以上というその時間はまた随分と長く感じられた。 そしてその休み明けに現れたウィリアムは、妙な表情をした後、それでもいつも通りの笑みを浮かべた。ウィリアムもこのときに随分と変わってしまっていたのだが、それを知ったのはまた暫くあとの話。 それ以上に、ウィリアム以上に変わったのが……―― 「紅茶よろしくな、アレク!」 「……スタンフォード大尉」 ため息とともに、呆れとあたたかさをその声に滲ませて、アレックスはウィリアムを呼ぶ。何か言いたそうにウィリアムを 見ていたが、諦めたらしく、アレックスはわざとらしく息をつく。 また随分と変わるものだ。随分と飼いならされたものだ。 そう感じたのは自分だけではない証拠に、隣のロイも奇妙なものを見るように眉を寄せた。 「何をしたんだ? おまえ」 紅茶をいれに、分厚い扉の向こう消えたこのおかしな友人の副官の背中を見送って、紅い目の人を振り返った ウィリアムはわずかに首をかしげる仕草をして、こちらは何も変わらない声で言う。 「何が?」 「アレックスだよ、随分と仲良くなっているじゃないか」 「そーお?」 たまに妙に鋭いウィリアムは、それ以外のときは、頭の中身の大半を夢の中においてきたのではないかと疑いたくなるほどぬけていたりする。――が。 「とぼけたふりをするな」 「あ、わかる?」 「わからないと思ったか?」 ロイの声に、まあね、と白い歯を見せて子どものようにウィリアムは笑う。 「いろいろね」 「いろいろ?」 「そう、いろいろ」 アレックスとは違って、嬉しさと楽しさと、いたずらっぽさが全開の声は、歌うように、おしえてやらないけどねー、と続ける。 「超仲良しになっちゃった、うらやましい?」 声と同じような仕草でロイに近づいて、まるでハエを払うかのような仕草で鬱陶しそうにあしらわれているウィリアムを見ながら、答えは半分以上出ていた。 「――失礼しま……大尉」 ノックの音と、豊かな紅茶の香りをつれて帰ってきたアレックスが、ロイに絡むウィリアムの姿を見止めて、たしなめるような声をあげる。 「マスタング大尉に何をなさるんですか」 「スキンシップだよ、スキンシップ。俺、組み手得意だったんだ、士官学校でも。アレクもやる?」 「何でそうなるんですか。紅茶が入りましたよ」 あしらう声も、はじめの頃とは大分違っていて。 ため息と一緒に吐き出される声は、それはそれは、大分温くなったものだ。 「まったく、大尉は本当……」 「アレク何かお母さんみたいだな、最近」 「そうさせているのは誰ですか」 「アレクの小姑ー」 おおよそ「普通」の軍事の上司と部下の姿ではない。 すっかり奇妙な上司部下関係を築き上げた友人を眺めながら、ウィリアムに解放されたロイが、アレックスが机の上におろしたカップの一つを持ち上げながら一言。 「紅茶が冷めるぞ」 平和な風景もあったものだ。 傍から見れば、よくわからない関係だ、というのが率直なところだと思います。 2008/10/13 電波傷害 三十万打兼六周年、おめでとうございます! ウィルもアレクも魅力的で、動作が綺麗で自然な工藤さん(様づけはむず痒いとのことなので)の文章が大好きです。 とても様々なジャンルを取り扱われ名前変換の多いようだったので、変換前で掲載しています。 |