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騒がしい朝廷にて
ドリーム小説 官吏達が血相を変えて走り回っている朝廷とは打って変わって、奇妙に思えあるほどに静かな宮中をはゆっくりと歩いていた。
目指すは離宮一つを丸ごと占拠して圧力をかけている紅黎深に会い、出来れば引っ張り出すためだったが、の頭の中はいくら振り払っても別のことで占められていた。
茶州から燕青と共に来た同伴者。その二人のうち一人の男。緑の髪に燕青と同じくがっしりとした体。偶然で触れた髪は硬質で芯が強かったように記憶している。
それはまだ、が友人というものを理解していない時だった。
出会ったのは、藍州。州試の部屋割りの書かれた立て札の前。
同室になって、腹立たしいことに主席を奪った男。
『ちっせーから潰されるぞ?』
『気に入ったから、かなっ』
『…負けた』
失礼な事を言い、いくら邪険にしても藍州から紫州まで引っ付いて来て、一緒に及第した男。けれど人に一言も告げず、当時から危険区域だった茶州に行ってしまった。黄尚書からそれを聞いた時の腹立たしさは時間の経過と共に大分収まったが、かといってなくなったわけではない。
また、どうやったのか彼の両親の書いた手紙はの所に届けられ、仕方がないので保存している状態だ。それは今回まとめて彼に渡さなければならない。
けれど再会した時、どんな顔をすればよいのだろう。
はぁ、と大きく吐息を吐いて、は黎深のいる離宮に足を踏み入れた。
無駄だとは思うが、形だけでも説得をしなければならない。は何とか頭から緑髪の男のことを叩き出した。



翌朝、朝議に戸部侍郎である李は出席していた。
紅黎深が座っているはずの場所には何もない。吏部侍郎、李絳攸が王の傍に控えているので、余計に空間が開いて目立っている。
案件は城下、城内の機能停止について。
ちらりと官吏達の目線が、李姓を持つ養う子二人に集まり、しかしすぐに散って行った。
これは紅家の命で行われている事、紅黎深を引っ張り出せなかった養い子ごときがどうにかできることではないと思ったのだろう。
それは事実だが、高官達はどうやら知らないらしい。
まあ言いふらすことでもないかと、は深紅の扇をもてあそびながら思った。ゆっくり開くとふわりと扇から香りが広がる。
傍に座っている上司が身じろぎをした。目線が無言で問いかけてくる。
「…あずかっているだけですよ」
「そうか」
ぱらりと閉じた扇の留め金には紅家直紋、桐竹鳳麟が刻まれている。
けれどが今これを持っている事にそれ程の意味はない。
怒りのままに無茶苦茶な命令をしないようにあずかったのだが、黎深がその気になれば意味はない。なので黎深が此処にくれば返す、それだけものだ。
そんなことよりもにはしなければならないことがある。
そっと懐に手を当てれば、厚みを持ったそれが存在を主張し、意識を向けなくとも重みで腕にあるものも確認できる。
「紅尚書が……紅家当主……?」
言葉に静まり返る室内でそっとは吐息をついた。
正直、暇だ。そしてくだらない。
待つということがはそれほど苦手ではなかったはずだが、思えば常日頃戸部の仕事もふくめ自分の速度で歩むことに慣れてしまっている。上司も各尚書も仕事としてが会話をする者は基本以上に頭の回転が速い。御史台の青年はどうかわからないが、その上司達はいうまでもなくよりも切れ者だろう。
これからそんな者を相手にしなくてはならない。
ここにいられなくなるかもしれない。は怖気づきそうな心を叱咤した。
たしかに表向きの理由にはされなくとも、何らかの形でこれからすることはの立場に傷をつけるだろう。一時的に中央から追い出されるかもしれない。かの地に再び足を踏み入れなければならないかもしれない。
それでもは帰って来てみせよう。上司が預けてくれた地位に信頼に答えるために。
たとえ一時後退してでも、進んでみようと思う。









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