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不器用な人達
ドリーム小説 李の咲く木の下。
「絳攸?」
弟は何処か泣きそうな表情でそこに立っていた。
「…兄上」
「満開だね」
李を見上げそう呟くと、同意しながらも視線を外す弟が見えた。
白い李の花。黎深に貰った姓の花を、好きではなくとも、嫌いではなかったはず。
「何かあった?」
「…いいえ、何でもありません」
李の白い花びらが絳攸の髪を滑って行く。
徹夜の日々に少し痛んだ、それでも綺麗な色の髪。
「礼部の件…いや直接聞きに行こう」
そっと、絳攸がの髪に触れた。離れた指先に挟まれたのは白い花びら。
「ありがとう絳攸」
「…いえ」
心もとなく思いながらも、弟を残してその場を去る。不振に思われない程度の速さで回廊を進み、簡単な挨拶で入室したのは、主上の執務室だった。
「楸瑛ちょっと」
呼び捨てで呼ばれた楸瑛が、少し驚きながらもやって来る。耳に用件を囁けば、おそらくはと返事が返って来た。
毎度毎度、事ある事に言ってきた事にまた黎深は失敗したらしい。彼は絳攸に関して運が悪すぎるし不器用すぎる。だから百合から二人の事を頼まれたのだと思えば、今度は自分の至らなさに苛立って来る。はあと大きくは溜息をついた。
「楸瑛」
こちらをうかがう様な劉輝の声に、楸瑛が安心させるように大丈夫ですと答える。
「ほらあなたが、そんな顔をしているからですよ」
「そんな顔?」
「ええ」
そう言って楸瑛は、紅尚書みたいなと付け加えた。
「そんな顔をしていましたか?」
「う、うん。余は怖かったぞ」
「私もです」
あの馬鹿のようとは随分な言い草だとは思った。だが似てきている事は自分でも否定出来なかった。
「ところで主上」
「は、はい」
の目が笑っていない。
「今回の礼部の件、私も一枚噛ませて頂きたいのですが」
「しゅ、秀麗の事でか?」
「まあ、それもありますが。私にとってはほぼ別ですね」
「別!?」
「ええ。──────ちょっと痛い目を見て頂こうかと思いまして」
同室にいた二人は、部屋の温度が下がるのを嫌でも感じた。



どうやら黎深もこの事実を知ったらしい。
邸に帰った時から違和感はしていたが、黎深の部屋に続く回廊を進めば進むほど、ひんやりとした黎深独特の怒りの気配が濃くなって行く。
です」
返事を聞かずに扉を開くと、茶州の冬を思わせるほどの冷気が、を包みこんだ。
黎深は背を向けて、三人は余裕で転がる事が出来る寝台に腰掛けていた。
は近くの机に泣き付かれて持って来た夕食を置くと、寝台に上がって黎深の背後に回った。
帰ってきたままの髪をゆっくりと解いて行く。
「絳攸の事、邵可様にお願いして来ました」
そこで初めて、黎深は口を開いた。
「いつだ」
「次の定休日以降にさせます」
髪を梳き終わったは、はぁと大げさに溜息を付いた。
「そもそもあなたが……」
「うるさい。今更だ」
「今更ですか」
解いた髪の後ろから手を伸ばし黎深の頭を上に向けさせた。
黒の中に灰色の目が映る。
「本当に…?」
ふんと黎深が手を振り払って、夕食を置いた机に近付いた。
もくもくと食べる黎深を見て、自分も二食ほど食べていなかった事を思い出した。
意識した途端、空腹がやって来る。
「一つ下さい」
無言で饅頭が飛んで来る。
あたたかい。
そういえば、府庫で肩に触れた彼の手はそれを通り越して熱かった。そんな筈はないのに。
どうして自分はあの時緊張したのだろう。
「……愛情を得るために画策したり、駄目ならせめてそれ以外をと思うのは……まともではないでしょうか」
「ほう、一人前に好きな人間でも出来たか」
「…まさか」
は苦笑した。
「私には…そもそも愛していない人間と結婚する事を悲しむ理由がわからない。愛だの恋だの無くとも、生きられれば十分だと思います」
「それを今のお前が言うか」
「…何のことでしょう。絳攸は今日も徹夜ですか?」
「いや、いる」
では会いに行きますと、は立ち上がった。

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