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みないふり
ドリーム小説 女性だけとは言わず、人とは噂を好むものだ。
手の空いた妓女達が集まれば、当然客の話となる。誰それが昇進したの、誰それは羽振りがいいのだの。単なる情報から男性には聞かせられない酷評までが飛び交う。
「……妊娠?」
この中で一番新人であるが故にお茶入れを命じられた翔深は、、少し遠くからお茶が出るのを待ちながら彼女達の会話に耳をすました。
「そうらしいの。でも相手に言うつもりはないみたい」
「産むにしてもお金がいるからねぇ」
胡蝶よりも年上の、この中で最も年配の妓女が言う。
それを聞きながら翔深はお茶の出来を確認して、人数分の茶器に注ぐ。終わると、まずは先ほど発言した妓女から出来るだけ年配らしい妓女の前に茶器を置いていき、最後に自分の前に置いて空けてくれている空間に座る。
「何でも全部知って身請けしてくれる男がいるらしいよ」
「良かったですね」
茶を飲みほしたの言葉に、妓女達は一斉に顔を向けた。
「ちょっとそれだけなわけないでしょう、。あんた妙な所で世間知らずなんだから。」
「媚薬には詳しいのにねえ」
「こっちには疎いわね」
単なる相槌の一つだったのだが。
思わぬところで「世間知らず」という自分の評価を知り、その実際とのかけ離れ加減には心の中で苦笑した。話の続きを促す。
「…その男にはついこの間死んだ妻がいて、それにそっくりだからって。身代わりよ」
「まあ、じゃあ?」
「そうそう、一生妻のふりをしてくれって。だから子供は産んだら直ぐに引き離されて、侍女の子供になるんだって」
「酷いわ」
「そうですか?」
ことんと飲み終えた茶器を机に置く。
「私なら喜んで身請けしていただきますが」
「だって一生他人のふりよ?」
「子供とも引き離されるのよ?」
「その方は死ぬまで養ってくれるのでしょう?お金もかからず産めて、子供は近くで生きのびられる。男性の気持ちが向くかもしれないし、そうでなくとも夫婦を演じる以上険悪な関係を築こうとは思われないと思います。何にせよ待遇は良いですし、子供だっていずれはその家に仕えるかもしれません。その頃には男性は亡くなって、邸の支配者になっているかもしれません。かなり良い話じゃないですか?」
長い沈黙があった。
「………
「はい?」
「あんた恐いわ」
「……?……そうは思いませんが」
さすがにも男を殺せばさらに良いとは言わなかった。「」が考え付く事ではない。
それにあくまでの言ったのは良い方の可能性だ。演技がばれる可能性や、産む時点で死ぬ可能性までは考えていない。
「普通そこまで考えない」
「はぁ」
そんなものなのかと、は思った。



野次馬達を避け、少し派慣れた廊下から達は事の成り行きを見ていた。
本当にここは朝廷だろうか。
飛ぶ泥玉。ひらひらと避ける紅秀麗。やって来る絳攸、魯官吏。散る野次馬。残される少女。現れる静蘭。拒絶。彼が去り、やって来る影月。
「おかわいそうに」
横で景侍郎は心配そうな声を上げるが、はそうは思わない。彼女には生き残って貰わなくてはならないが、常に目立つ存在でいて強い盾にもなって貰わなければならない。
酷いなと思う。案に賛成したのは王や国のためではなく、ひいては自分の風当たりを弱くするためだ。ついでにある案も通せれば良いと思っている。
王のためを思うなら、この案が出た時に反対はせずとも口を挟むべきだった。
王は一人の民のために政治をしてはいけない。
王がなければ民は迷うが、民がなければ王など意味がない。
「行きましょう。柚梨さん」
もし、多くの命のために彼女を見捨てろといったら、彼はどうするだろうか。
確実に迷うだろう。 迷った末に選ぶのがもし彼女であった場合。
否、と翔深は首をふった。まだ、見極めるには早過ぎる。
「どうして鳳珠は魯官吏を放って置くのでしょうか」
「…柚梨さんは、留め置きにならなかったんですね」
「それはさんもでしょう?」
ふふとは師匠を思い浮かべて笑った。
「私は国試前からお世話になりましたから」
「それは……苛められませんでしたか?」
「苛めですか……散々嫌味は言われましたね」
「ますます分りません」
自分と同じように書簡を持った彼の指先は、すっかり元に戻っていた。
「全く何てひどい!」
戸部に戻り、黄尚書に話しながら怒り出した景侍郎の言葉に、入れてもらったお茶を手渡しては同意した。
「官吏とは思えませんね」
「それもですが、秀くんが…」
「柚梨、落ち着け」
「掃除までさせられるんですよ!」
が口を開こうとした時、丁度窓から紙が入って来た。
半分に折られたそれを開くと、泥団子事件の詳しい事が書かれている。
「朝礼には間に合ったみたいです。……どうやら今は仮眠室にいますね」
「仮眠室だと?」
「はい。第四位及第者の碧珀明が魯官吏に意見し、二人の仕事を肩代わりしたようです」
「肩代わりですか」
景侍郎が驚いたように目を開く。
一方は自分の準試を思い出していた。親の力に頼らずに官吏になろうとした男。
大柄の体に緑の髪。彼は別として、受験者に助け合う心を持った者は少ない。多くは相手を蹴落として受かって来る。それは官吏になってからも同じだ。国試派の人間は常に蹴落とす、ないしは蹴落とされる可能性がある。例え、それが貴族派の人間よりはましだとしても。
「貴重ですね」
「ええ、彼らの今後が楽しみです」
景侍郎が嬉しそうに微笑んだ。
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