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知られること
ドリーム小説 「おや」
「凌黄門侍郎」
すっと回廊の端に移動しては礼をとった。今日は人に良く出会う。
「遅くなったけど戸部侍朗就任おめでとう。小豆色、とても似合ってたよ」
「ありがとうございます。ああ、新しい御史台の担当にはお会いになられましたか?」
「吋官吏だって?ううん、まだ僕は会っていないよ。君の知り合い?」
「ええ、部下です」
かわいがってるとは付け加える。
「……そう。前に君が頼んだ事だけど、皇毅から返事を貰ってきたよ」
思わぬ言葉に、は少し目を見開いた。
返事が返って来るとは微塵も思っていなかった。
「凌黄門侍郎」
「ね。やっぱりその呼び方は嫌だな。元に戻してほしいな。はい目線上、ちょっと首を傾げて」
「男がしても可愛くありませんよ」
「安心して、君なら大丈夫だから」
遊ばれてると思ったが、仕方がないので言われたとおりにし、意識的に少し目を潤ませて頬を染める。
「……教えてください晏樹様」
「うん完璧。すっごい僕好みだったよ。それでどれぐらい男を落として来たのかな?悪い子だね」
「晏樹様」
「ふふ、わかってるよ。『抹消された過去を知っているから』だそうだよ」
表情が強張った。
殿?」
ぱちんと泡がはじけたよう。はっとしては目の前の人物を見た。此処は何処だろうかと思い、朝廷だと思い出す。何時もよりも三倍は思考回路が鈍っているのをは感じた。
感情に翻弄されて、頭の中が混乱している。晏樹に失礼な事は言わなかっただろうか。
「藍将軍」
「どうしたんだい?酷い顔色だよ」
「…ありがとうございます。大丈夫です」
今浮かべている笑顔は引きつっていないだろうか。
殿」
「本当に大丈夫ですから」
殿!」
「一人にしてください」
振り払う暇も無い速さで腕を引かれ、は勢い良く楸瑛の胸に頭を打ちつけた。そして逃がさないとでも言うように、彼の大きな手がの頭と背に添えられる。
高価な香り、藍家の兄上達と同じ。近くでで聞こえる心臓の音に、は目を閉じた。
そっと優しく背中を撫でられると、無駄な力が抜けていく。落ち着くのにそう時間はかからなかった。
「落ち着きましたか」
「はい…藍将軍?」
「父上が教えて下さったんです」
「……そうですか」
何故だろう。先日想像したほどの衝撃は無く、むしろ安堵にさえ近い気持ちがを満たしていた。ただ少しだけ情けない。
落ち着くと、楸瑛から僅かに香る女の残り香が鼻につく。彼の胸を軽く押して、翔深は数歩下がって距離を取った。
「あの方は今?」
「邸にいらっしゃるはずです。お会いになられますか?」
「いや、文だけにして置きます。お願いできますか?」
「貴方の頼みなら、いくらでも」
ふ、と二人は何処ともわからぬ人通りの無い回廊で微笑み会う。それは見るものがいれば、兄弟に見えたかもしれない光景だった。


平常を取り戻した状態で仕事を終えたは、回廊を歩きながらふと誰かに相談すべきなのだろうかと思った。
けれど誰に。黎深か百合か黄尚書かはたまた玉か。
楊修には会いたくない。その理由も考えたくない。明確な理由がなく嫌悪感があるわけでもないのに人を避けるのは、らしくないとは思う。
はぁと溜息が出た。朝廷内であるにもかかわらずがしがしと前髪をかき回したいような衝動に駆られる。何かがの体の中で燻っている。
「……龍蓮に会いたい」
思わず本音が口から滑り落ちた。
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html : A Moveable Feast