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月に嗤い、人に微笑む
ドリーム小説 「そういえば、龍蓮と殿は何処で知り合ったんだい?」
食事中の何気なさげを装った楸瑛の発言に、は唐揚げを突いていた手を止めた。
顔を上げて目に入った瞳は、彼と同じ藍色。
「あ、一緒に旅をされていたんですよね」
「ええ。それが何か?」
「いや、あれが随分懐いていからね」
藍色と灰色。互いに微笑みを刷いたまま、相手の目を探るように見る。
今回先にそれを止めたのはだった。
「龍蓮が昔話でもしましたか?」
「あーまぁ、ねぇ」
再び唐揚げを突きながらありえないだろうと思いつつ口にした問いは、しかしあっさりとは否定されなかった。それに興味を引かれたのだろうか、絳攸や邵可が話しに入って来る。
菜に気を取られているふりをしつつ、は彼の表情に注意を払っていた。
「…いや。無理やりって訳じゃなかったんだけどね」
「後味が悪かったわけですね」
「なんだそれは。話し出したのは向こうだろう」
「うんまあ。静蘭が言っているので大体正しいかな」
「でも、わかるような気がします。聞いちゃってから、失敗したって思う事ってありますから。絳攸様もそう言う事ありませんか?」
一瞬、絳攸の視線を感じてそちらを見る。驚いたように、弟は視線を逸らした。
「……ああ、あるな」
隠さなければならない物がある。誰もが皆、隠し通そうとする物があるように。
庭へ出ると、まるで飛びまわっている嫌な虫を見るような視線を向けた。それに少しぎょっとした表情をして楸瑛が現れる。そのころにはもうの視線は中に向き、月を捕らえようとしていた。
殿」
どこまでも煩わしそうな顔をしつつも、はその場を動かない。
「周りを嗅ぎ回った所で、何も藍将軍の満足する物は出ませんよ。私はこれでも箱入りというやつですからね」
楸瑛はその言葉に僅かに微笑んで、「覚悟はしていたよ」と答えた。
「けれど、紅家さえも貴方を捕らえられないでいるなんてね」
「そこまで行きましたか。藍将軍一人にしては中々ですよ?」
の心からの褒め言葉に、しかし楸瑛は馬鹿にされたような表情をした。
「そもそも、今になって何故。本当に龍蓮が何か言いましたか?」
「まあ少し、気になる事を」
失言だろうかとは思った。同時に藍龍蓮にかぎってとも思う。
「……探している人がいるんだよ」
龍蓮の言葉から拾い上げた、大切なもの。忘れていた人。
は静かに楸瑛を見ていた。
「二、三十代の、灰色の目の人でね」
長年生きているでも、数人しか知らない。
「そうですか。その方の名前を伺っても?」

「……藍、藍伶華だよ」

は再び月に目を向け、嗤った。



「黎深」
正午の鐘が朗々と響いている。
「れーいーしーん」
黎深が座り込んだまま勢い良く振り向いたその隙に、手の中にあるものを奪う。
「………ッチ」
舌打ちが聞こえたが、弟の前でもないので無視。
奪った本の中には人物名がずらりと並んでいた。目を通してそれを閉じる。
「さっさと吏部に戻ってください」
「いやだ」
「……こんな事に意味が無いぐらい分っているでしょう?」
にだって気持ちは分る。もし絳攸が留め置きの時に遭遇したら――即実行しそうだ。
「今回は色々と事が動きそうなんですからね。ほら、さっさと立つ。可愛い可愛い養い子があなたを待っていますよ」
「誰が可愛いだ」
「絳攸」
即答に黎深は呆れた。
「……お前、少しは恥ずかしいと思わないのか」
「不器用すぎて殆ど伝わらない貴方よりはましかと思いますが?」
憎まれ口を叩きながら黎深を吏部に届けると、戸部に帰りながら何とは無しに眺めた庭では面白い物を見つけた。昼食を食べているのが三人。気配を隠してるのが一人。
気配の隠し方に覚えを感じ、付いていた椎に確認する。これで午後には理由がわかるだろう。
彼らの幸せそうな顔に微笑して、はその場を去った。
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