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壊れた梯子
ドリーム小説 見慣れない形の帯を締め、鏡で姿を確認する。
「ふっ、似合うな。さすが俺」
自慢げに笑った顔が、鏡ごしに入った。
「…才常。着替えには入って来ないでくださいと、何度言えば分ってくれるんですか?」
「いいじゃないか、今更。君と俺の関係だし?」
「誤解されますよそれ」
「君とならかまわないさ!」
まるで宣言するかのように両手を広げる。
そんな友人には構わず、は新たに入って来た人物に視線を向けた。
「どうかしましたか胡蝶」
「いや、相変わらずだと思ってね」
妬けるねぇと胡蝶は内心呟いた。
「やあ胡蝶。どうだい?」
「申し分無いよ、才常」
毎度変わる事のない胡蝶の答えに、にっと笑って才常が出て行く。
「さあ仕事だよ
「はい、胡蝶さん」
ぱんと遠くで手を叩く音が聞こえた



は能吏が好きだ。彼らの情熱が、を官吏にしたようなものだから。
政治など一切興味の無いを引き込み、あるべき官吏へと導いた。かけられた沢山の言葉。彼らの存在に、官吏とは何なのかを学んだ。
それに比べ――は少し前の礼部の状態を思い浮かべて顔をしかめた。
堂々と新人官吏達に仕事を押し付けに行く者、居眠りをするもの。
全てとは言わないが、高官の管理がなっていない。
そしてあの張り付いた笑顔の男。不快にも程がある。官吏を何だと思っているのだろうか。
この時期人々の話題に上がる敬愛する師匠を思い浮かべ、は礼部尚書への嫌悪を強めた。
「……っ」
不意にぐらりと傾いた足場に息を呑めば、すぐに誰かが支えてくれた。
「大丈夫かい、殿」
「……夏に直させたばかりなのに」
「本当に?」
訝しげな楸瑛の視線を追えば、梯子の壊れた部分に辿り着いた。
「黙っていてくれますね?」
楸瑛との視線が合う。先に何事もなく口を開いたのはだった。
「藍将軍?どうしてここへ」
にっこりと笑って楸瑛は答えた。
「今日は君も行くと聞いたからね、お迎えに。で、どうだい。終わりそう?」
梯子を元の場所に戻しながら、は答えた。
「もう少し、せいぜい半刻ぐらいで終わらせましょう」
待つと言うので、侍郎達の机の近くに案内する。丁度良く長椅子が空いていたのでそこに座わらせ、自分は侍郎の椅子に座る。
横の資料を引き寄せながら途中の書類と向き合えば、終わったのはやはり半刻後だった。
「お疲れ様です」
黄尚書に提出をして帰ってくれば、そちらも終わったのだろう景侍郎が書類を片手に立ち上がった。
「お疲れ様です……柚梨さん、それ」
急に景侍郎の手を取る。が目を止めたのは、彼の指先だった。
「ああ、どうやら紙で切ってしまったみたいで」
「ちょっとまってください」
は懐を探って、紙に包まれた小さな物を取り出した。それを景侍郎に渡す。
「塗り薬です。受け取ってください」
「でも、ただの……」
「先ほどから指が痺れてはいませんか?」
景侍郎は驚いた顔をした。その横を通り過ぎて、は戸部を出る。楸瑛も続いた。
「よくそんな事わかったね」
「……………慣れてますから」
藍家の方程では無いと思いますと、は付け加えた。
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