しろい息
草むらの奥に広がっていた。
それは表と境界線を引いたが如く、男なら誰でも知っている、が朝廷には不釣合いな臭い。
不本意にもその臭いには慣れている静蘭は、特殊な人間にしかわからない感覚を手繰り寄せて青年を見つけた時、怒りよりも何よりもまずやはり酷く不釣合いだと思った。
彼は庇護されるべき人間だ。昔はともかく今は特に。静蘭は彼の養い親を思い浮かべ、しかし優先事項を考えて彼の元に膝をついた。手早く処理をして、自分の上着を被せる。
「絳攸様。絳攸様…」
「ん…っ……?」
眠たそうに目を開閉して、直ぐに状況を飲み込んで身を縮めた。
「静蘭…」
「動けますか?」
少し背が動いてしかし絳攸は力なく首を振った。
吐かれた白い息が静蘭の頬にやわらかく触れて行く。
「失礼します」
返事を聞くまでもなく、膝裏に手を入れて持ち上げる。
彼を探している間に冷えただろう自分の指先が触れて、ひ、と彼が息を呑んだのがわかった。



官服を着た彼は、今日は顔色が悪いながらもそれ以外は普通に見えた。
「……ありがとう」
ぽつりと、湯気の出る茶器を両手で握りながら絳攸は言う。でも。
「絳攸様」
「黎深様には言わないでくれ……」
その祈りに似た懇願が静蘭は嫌いだ。
李絳攸がそれほどにまで絶対視し、敬愛する彼が嫌いだ。
その感情がある限り、彼はまた、この状態を繰り返す。
絳攸の自己評価の低さゆえの行為を、彼の養い親が知らないはずがない。否、知っているからこそ、本来部外者の静蘭が彼に寄り添うような事になっている。
「見つからないんです」
色の戻ってきた頬に温度を確かめるように手を添えて、静蘭はそう表現した。
完全には理解できない絳攸が、それでも理解できたであろう自分に関する事に困惑して視線を下げる。
絳攸を吏部に送ると、静蘭は城を出た。
途中で呼び止められ、野菜をもらう。
―――意味は理解できようとも、答えは見つからない。
絳攸も黎深も、静蘭も。
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