たったそれだけのこと、なのに
ドリーム小説 絳攸はおおやけには知られていなくとも、紅家当主の養い子であるし、さらには出世街道驀進中の最年少官吏。
そしてかなりの美形で吏部侍郎でもある。
そう、だから縁談などは山のようにやって来るし、本人もそれは分かっている事だろう。
けれど、藍将軍から言われると腹が立つのはなぜだろう。
「どうしたんだい殿。先ほどから膨れっ面をして。さては焼き餅かい?」
わかった。からかうからだ。
自分で貶すのも何なのだが、は普通の人間だ。ただ此処よりは随分発展した世界に生れ育っただけで、生まれた頃から政治や権力、彩七家に関わって来た人間ではない。
拾われた後の環境は恵まれていたが、今だ作法とて完璧では無いし、彩七家ならまだしも貴族の名はさっぱりだ。だから誰々から絳攸へ縁談が来たとて、どれほど重要かなど分かりもしない。
だからの反応を楽しんで、藍将軍はからかうのだ。
あこがれの相手に、縁談が来ただけなのに。そして彼は片っ端から断っているというのに。
幸せになってほしいのに。
どうも、胸がざわつく。
「絳攸様は好きな方と結婚する事が可能なのでしょうか」
「さあ、絳攸とその人次第じゃないかな」
「藍将軍は?どうなんです?」
の問いに、一泊ほど置いて、楸瑛は答えた。
「…さあ、ね」
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灰恋十題(群青三メートル手前
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