掠めた指先
ドリーム小説 ぴゅっと筆先を何かがすり抜ける。が思わず腕を引くと、筆から墨が飛んだ。
残されたのは点々と墨が付いてしまった紙。
「………はあ」
向こうにだって虫はいたのだが、やっぱり急に出てこられると驚く。
ぐしゃぐしゃと汚れた紙を丸め、棚から新しい紙を出す。
その棚の前方、机の端に置かれた紙には、大きく『覚え書き』と日本語で書いてあった。
彩雲国の人間に、日本語が読める者はいない。
それに気付いてからは、せかせかと覚えているかぎりの彩雲の知識を書き出していた。
もっとも、貴陽の人間(特に霄太師や八仙)ならば読める可能性もあるので、茶州を出る際には、徹底的に処分するつもりである。
・・・?」
「わっ!」
声に驚いて振り返れば、何時の間に部屋に入ったのだろう、燕青が興味深そうにの手元を覗いていた。
急いで隠して、きっと燕青を睨む。
「おーごめんごめん。声かけたんだけど、返事が無いからさ」
片付いた机の上に夕食が置かれて行く。並べられた量は二人分。
燕青も此処で食べるつもりらしい。
の国の文字か?」
「ええ、日本語と言います。基本はこちらに似た文字で、それと平仮名と言う物が混ざっているんですよ」
「ふーん。で、何書いてたんだ?」
「………忘れちゃいけない事です」
そう、これからに重要な。おそらくしか知らないだろう情報。
不意に、温かい物がの頭に載せられた。燕青の手である。
「……………………………………………何ですか」
「んーいや、なんとなく」



「んーじゃあな」
「はい」
お盆を片手に、の部屋を出る。
しばらく心配そうに燕青は、閉じた扉を見つめ、歩き出す。
燕青が拾った少女は、基本的に大人だった。
我侭も言わず、分別もある。ある意味よほど燕青より大人だった。
ただは愛情と言う物に不慣れだ。
先ほども、燕青が触れた途端、怯えた様に肩を震わせた。
あの速さは反射的な物だ。そして、不自然なほどに落ち着いていた口調も。
「避けないだけで十分だ」
それだけできっと、は幸せになれるだろうから。
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灰恋十題(群青三メートル手前