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違う響き
ドリーム小説 龍蓮には気付かれるかもしれないが、これぐらいが調度良いだろう。
遠目に姿が視認できる事を確認し、場所を探して腰を下ろすと、暇つぶしに先ほど譲ってもらった仮面を懐から出す。仮面を軽く何回か、真上に投げては掴み、投げては掴み弄ぶ。
思えば、途中に胡蝶の事があったとはいえ、こうも簡単に黎深の命を遂行できたのは穏やかに勧めてくれた邵可のおかげである。
『そうですね。殿が持って帰られるのが良いでしょう』
『父様っ!?』
『大丈夫だよ。一番安全だから』
仮面の完全は勿論の事、の安全も邵可のお陰で保障された今、がすべきは個人的趣味で主上が動いた所を見届け、邸に帰って兄馬鹿に仮面を渡し、弟の安眠を確認する事だ。意外と多い。
近付く気配に顔を背後に向けると、やはり彼がを真っ直ぐに見て、此方に向かってきていた。確かに、これぐらいが引き際であろう。
彼が真下まで来た所で横に飛び降りると、彼はそのまま進み、少し前方で止まって振り向く。月光は彼の表情を明るく照らし、逆にの表情を隠す。久しぶりに彼とは対峙していた。
「お嬢様にでも心配をかけた?」
言い返さないところを見ると図星らしい。
「なぜ………黙っていた」
普段とは違う、もはや記憶の中にしか存在しない人物に酷似した彼に、は一瞬で警戒心を起こした。
「どういう意味。話せるわけが…」
「お前が何者であるか。なぜ、あの時……此処に来たあの夜に、お前は私に話さなかった」
何年も会っていない、もう会う事が無いと思っていた彼がここにいる。
「……覚えていなかったじゃないか」
「何年たっていたと思っている。……だがあの時、自分で刺したはずの傷が余りにも浅くなっていた。それを見て、思ったんだ、まさかと。あの力を持つのはお前しかいない」

「伶華」

あの頃とはまるで違う、大切に、大切に、まるで力を加えれば潰れてしまうかのように。呼ばれた、懐かしい名。
「私は」
伸ばされる手とは逆に、追い詰められる様には自らの腕を握りしめる。
「違う」
パンと彼の手が叩き返された。
「伶華」
「もう…その名は捨てました。私はもはや李以外の何者でもない。死にたがり屋の子供で無くなった私に、あなたはいらない。必要なのは、静蘭という、お嬢様主義の大切な友人だ」



「紫清苑までもか」
「………っ。黎深!」
「何だ」
考えに沈んだまま、邸に帰ってきたは、今まさに浮かべていた人物の名に飛び上がった。
「これぐらいの気配にも気付かないとはな。馬鹿が」
「だって、あれだけの事を……待ってください。までもと、言いましたね」
「ああ、それがどうした」
「どういう意味です。こんな事、今更知ったわけでも無いでしょうに」
「何を言っている、知るわけがないだろう」
「どうしてです」
「なんだ、知らなかったのか」
数分後自室に帰ったは、内心盛大に霄太師を罵倒していた。これまでの周囲への気遣いや警戒は何だったのだろうか。
『絳攸と同様に、紅家が勝手に調べたが全く出なかった』
一度殺されたいらしい、あのタヌキは。
様」
低めの声に、おやとは腰を上げた。めずらしい。
「どうした椎」
「ちょっと良いですか」
椎は持ってきた包みを机の上に置いた。
「影から今日の事を聞きまして」
広げられた布の中には、塗り薬が入っていた。
「あきか」
椎の片割れ、秋草というまだ幼い少年だ。
「ええ、けれど、影の方から譲ってもらった物です。どうします?俺が嫌なら誰か呼びますけれど」
「まさか、今更だろう」
「警戒心が無いのもどうかと思いますが」
にやりと笑う部下に、服を脱いだは同じような笑みを返した。
「君はそんな事よりも、今の生活を優先するだろう」
「まあ、こんな気の合う主はなかなかいませんけれどね」
「ふ、それは良かった」
ひやりと椎の冷たい指先が、に触れる。相変わらず手の冷たい男だと思った。
「頼らない主も」
「…………ああ」
触れられた部分から、徐々にいつもの自分が戻ってくる。寄せられるもの。自分の力で積み上げて来たもの。 と言う名。好む響き。やはり、私は。
「そろそろ私たちを使うのにも慣れたでしょうに。優しいのは結構ですが、怪我をされては私達も、影の立場もありません」
何度目になるだろう諦めも含んだ言葉に、は目を細めて笑った。
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