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養い親からの命令
ドリーム小説 数日ぶりに帰った邸に弟の姿はなかった。
まだ、吏部にいるのだろうかと思っていると、家人が数人やって来て、申し訳なさそうに理由を知らされた。
「『一応』紅家の一員、か」
間違いなく絳攸には意味が通じてないだろうなと思った。友人の親心は分かりにくい上に伝えるところがごっそり間違っているのだ。
泥の様な睡眠に沈む直前、庶民ならともかく、名家の邸では一生耳にしなさそうな足音を響かせて、それはの部屋に向かって来た。
「どうしいたんですか黎深。そんなに急いで」
「どうしたもこうしたもあるか!」
憤怒の表情をした黎深をとりあえず椅子を勧める。どかと座って黎深はに命令した。
「兄上の少し困り顔を取り返して来い」
「……はぁ?」
邵可の少し困り顔。何だそれは。ははっとした。
つっと、半年振りに、嫌な汗をは背中に感じる。
「もしや、愛余って……?」
「誰が兄上を殺すか!」
「あはは、そうですよね」
黎深ならありえそうだとは口に出さない。
「あれは、兄上との練習用の仮面だ」
馬鹿だとは思った。こんなのを敬愛する弟が可哀想になってきた。
けれど自分も同じ立場で、さらに友人と考えると落ち込むので、そこは考えない事にする。
「それで、あなたか取り返さない場所とは何処です?」
「今はコウ蛾楼にある。一応手はまわしておいたが、兄上の所にいかれでもしたら厄介だ」
「ならばその道すがらでも十分では?」
「秀麗が一緒らしい」
「……良いですよ、行っても。けれど」
「何が言いたい」
「私が戻るまでに、絳攸を邸に帰して食事をさせてください。吏部にいさせる必要はないでしょう。多分、今日にでも主上は動きます」
しばし後、黎深は扇を閉じた。
「ふん。いいだろう。さっさと行け」
影からの報告を聞きながら軽く男装をし、髪を梳く。目的地へは徒歩の方が良いだろう。紅家のでは豪華すぎる。
歩いていると、ちょうど楸瑛と鉢合わせた。
「藍将軍……よく脱出できましたね」
「と言うことは、やっぱりあの方の影だったんだね」
龍蓮が何をしたのかとたずねる楸瑛に、手短に説明をしながら二人は奥へと進む。
部屋に近付くと胡蝶の声が聞こえた。
「ふふ、勝負あったね。私の勝ちだ」
何かの勝負が終わったらしい。
「約束通り、価を払ってもらうよ」
「……わかった」
「ぼーやじゃなく、兄として藍様に責任をとってもらおうか。ねえ、藍様?」
ため息をつき入室する楸瑛の後に、も続く。
「……請求分の倍払わせてもらうよ胡蝶」
龍蓮の頭を押さえて潔く謝る楸瑛と、その後笑い出した胡蝶を見ながら、は気配を消してなるべく光の当たらない所へ移動した。
「いえ、大丈夫です。じゃあ、帰りますね」
「ああ、気をつけてね秀麗ちゃん。でもね……」
胡蝶は不自然に言葉を途切れさせた。



「……胡蝶姉さん?」
「酷いとは思わないかい秀麗ちゃん。この胡蝶が時間を空けるとまで言っているのにさ。ねえ、様?」
胡蝶が部屋の暗闇に視線を投げるとそこから人が出てきた。
「……胡蝶」
「私だけじゃないよ。ここら一帯の妓女は皆会いたがっているってのに」
「……」
「全く、抱いてもくれやしないなんて、藍様より酷いよ」
「……」
「何か言う事はないのかい様」
「無いね。君の言っている事は事実だけれど、私は今の状態を変えるつもりはないからね」
でも、とは続けた。
「君の誘いを断り続けたのは悪いと思っているよ」
「口先だけならいくらでも」
「……なら、本気を見せれば良いんだね」
胡蝶が答える暇もなく、は手を伸ばして彼女を引き寄せた。秀麗の顔が強張った。
「…………ぁ………………」
一瞬かと思われたそれは角度を変え、そのうち歯を割り、柔らかい舌を引っ張り出し蹂躙する。最後に濡れた音をたてて唇を離すと、伝った銀の糸をぺろりと舐めては笑った。
「これで諦めなさい」
一人では立つ力も残っていなかった胡蝶は、が離れると座り込んでしまった。それを見向きもせずに衣を翻す。直後、横から強く引かれてよろめき、強く背が壁に当たった。
「龍蓮…?」
衝撃を与えたのは龍蓮だった。ちょうど影になって表情は見えないが憤慨していることだけはすぐにわかった。そもそも龍蓮が普段こんな事をするはずがないのである。
龍蓮の視線がから外されるまでの暫しの間、は動かなかった。動けなかったわけではない。たしかに動こうとしなかったのだ。なぜだか理由はわからない。ただそれは、龍蓮と壁に挟まれていたからではない事は確かだった。
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