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不必要な護衛
ドリーム小説 冷たい空気を吸い込むと、頭が目覚める気がした。足を踏み出すと、霜が音を立てる時期。絳攸を起しに行く時間までの半刻ほど、は庭を散歩する。ふと思いたち、普段とは違う道を行く。向かった先にはやはり、彼が来ていた。
「こんな朝から散歩とは、風邪を引くぞ
ふわりと藍色の衣がを包む。
「藍将軍の邸に行かなくていいのかい?龍蓮」
「あんな無駄にキラキラした別邸などには行かぬ。ゆえに、ここにいることを所望する」
「ここも君の美観にもあわないと思うけれど」
「何を言う。たしかにここの無駄にフサフサした薬草達は気にくわないが、我が心の兄と愚兄どちらを選ぶかは一目瞭然、月とスッポンであろう」
「嬉しいけれど、その薬草を抜いてはいけないよ。百合姫様の物だから」
「わかっている。風流をとんと理解出来ずとも、の母だからな」
「それは良かった。私はそろそろ弟を起しに行くけれど、君もくるかい?」
頷いて、龍蓮は付いて来る。
と絳攸の部屋はそれぞれ離れにあるが、一本の回廊で繋がっており、作りも大体は似ていた。
多少の疲労感を顔に残しながら、それでもすやすやと眠る絳攸に、は微笑んだ。それを龍蓮が眺める。軽く揺すると、絳攸は目を開いた。まず、を見て、さらに視線は龍蓮を捕らえた。
「……楸瑛?何だその格好は、ついに頭に花が、羽?……誰だ、お前」
ついに、頭に花をさかせたと思ったのだが。
「む、私を愚兄と間違えるとは失礼な」
「藍龍蓮。藍将軍の弟だよ」
「まったくあんな自己形成未発達未成熟な兄で情けない」
楸瑛に似ていない。いや、顔の造りは似ているか。
「龍蓮。兄にいう事じゃないよ、やめなさい」
「わかった」
「で、話を戻して、彼が私の弟の絳攸。知っているだろうけど、血は繋がって無い。そして藍将軍の親友かな」
「ただの腐れ縁です」
「うむ承知した。愚兄四心の友その一で心の兄の弟だな」
「腐れ縁だ」
「愚兄四心の友その一よ。その髪の色は生まれつきか?」
「人の話を聞け!」
何なんだこの男はと思っていると、が笑い声を上げた。笑いながら言葉を紡ぐ。何がおかしいいのだろうか。その前にどうして藍家の人間がここにいる?
「そろそろ、絳攸も着がえるから」
ふむ、と頷いて龍蓮とは出て行った。



午過ぎ、達は執務室にて話し合いをしていた。
「会試まで、あと一月余りだ。各州の主席および次席及第者、計十六名の貴陽入都を確認でき次第、各人に護衛をつける。もちろん本人に気付かれぬよう隠密行動が原則だが、特に彼らには配慮を」
楸瑛が指で弾く、落ちかけたそれをが拾った。
「これには護衛などをつけるだけ、人材の無駄だと思いますけれどね。むしろ今後予想しゆる護衛兵の精神衛生上の大問題を考えると、配慮無しで行くのが最善の策かと」
「何を言っている……」
「私もそう思います、主上。龍蓮には護衛をつけるだけ無駄ですし、仮につけても見失うか、護衛兵が寝込むかのどちらかで失敗でしょう」
「おや、龍蓮を知っているのかい?」
はその問いに頷いた。
「元、旅仲間ですから。主上、どうしてもつけると言うのなら私がつきましょう。ちょうど今邸に来ていますし。絳攸が大丈夫なら」
「あ、はい。それは大丈夫です」
龍蓮に笛を吹かないように頼まないと。にしてもこの頃、また絳攸は敬語が戻ってきている。
「それで、下町はどうなっているのだ?」
「例年の様に組連が取り仕切っています。色々といざこざが起こっている様ですが、もうじき収集するでしょう。ただ少し気になる噂がありますが、もう少し情報を仕入れてから報告します」
頷いた劉輝の視線を追って、二人を見る。
「これから忙しくなるだろう。二人ともよろしく頼む」
「おまかせください」
二人はそう口にし、はふっと笑った。そのまま、執務室を出て行く、止める者などいない。
府庫に入った途端、桃の甘い匂いがした気がした。



「絳攸」
姉の低い声にびくと絳攸は身を震わせた。青巾党の件が収集し、杜影月の木簡も見つかった頃、軒に乗ってはやって来た。一見して怒っているとわかるのに、全く変化が見当らないのが恐ろしかった。
『主上』
自分をふくめた周りの人間も緊張しているのがわかった。
『……何だ』
『青巾党も捕まって、運よく下街とも繋がりが出来ましたし、今宵のお仕事はこれで終わりですよね?』
『ああ』
有無を言わさぬ力で頷かせるとはにこりと周りに微笑んだ。
『来なさい、絳攸』
笑顔なのに怖い姉に命令され、絳攸はの部屋に連れて帰られたのだった。藍龍蓮は席を外してもらったのか、自分から出て行ったのか、部屋には居なかった。
「は、い」
今更ながら、自分の喉が酷く渇いているのに気付いた。それに気が付いたのかが茶葉を手に取る。
「君には悪いが、この際はっきり言わせてもらおう。私はあの子が嫌いだ」
言われた言葉が一瞬理解出来なかった。
「………秀麗ですか」
「そう。だから、君がわざわざあんな小娘のために青巾党党首に切りかかったのも、さらには庇ったのも気にくわない。………大丈夫、本人には直接は言っていないよ」
絳攸の顔色を見てはそう言った。嘘は付いていない。実際彼女にとっては、好ましいとは思われていないらしい程度だろう。下手をすればそれにも気付いていない。
「どうして、ですか」
「さあ、どうしてだろうね」
こんな汚い理由。あのお嬢様と同じぐらい真っ直ぐで、そして大切な絳攸に話すわけがない。この事を話しただけでも少し話しすぎたと思っているのに。
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