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青い空に小豆色
ドリーム小説 まだ薄っすらと積もった雪の上に、は立っていた。手には何も持たず、されど出かける時にには短刀を確認して。見つめる先は、先ほどまでうっすらと透けた男がいた場所。
「茶太保……」
きつく寄せた眉、鋭い目つき、神経質そうな表情。
が知るよりもさらに若い姿。それはまさに、青年と呼ぶに相応しい姿の茶鴛洵だった。
か」
「宋太傅」
視線を合わせた二人は、相手が何を見に来たか理解した。
「おぬしも眠れんだろう。………少し付き合え」
「はい」
宋太傅に続いて、楼閣に入る。
何もないかもしれない、何かあるかもしれない。彼に、直に言葉を伝えられるかもしれない。の知る茶鴛洵と違い、は彼に対して未練があった。
彼が霄太師に殺される事を望んだと言うならば、それは仕方がないと思っていた。例え、どれ程腹が立とうと彼の望みならばと。
けれどあの時少しでも早く着けば、彼と言葉を交わせれば。そう思わずにはいられない。
勢い良く宋太傅が開いた扉の先には、やはり何も無かった。
「でも……眠れそうにありませんね」



目覚め一番、めったに見れない表情の養い親を視界に入れたは、すぐさま呻いて布団に顔を埋めた。そんなにはお構い無しに、黎深は勢い良く布団を捲った。布団は何故かごすと重い音を立てて地面に落ちる。
「…」
しゃがんでその布団を持ち上げると、中から養い子が出て来た。
「おい」
「痛い……」
黎深は養い後の頭を撫でた。ぺしっとすぐに叩き落される。
この友人兼養い子は、なぜか黎深に頭を撫でられるのを嫌う。
「何ですか」
「手伝え」
「着替えたら行きます」
満足したように養い親が出て行くと、は着替えながら悪態をついて着替え、言われた通りに黎深の部屋に向かう。
「遅い」
部屋に入ると、先ほどの服装のまま黎深が寝台に座っていた。
「少しぐらい着替えてくれていたら良いのに……」
そう言いながら、最上級の式服を出す。慣れた手つきで黎深を急かし、服を着せる。
最後は髪。
「……相変わらずさらさらですね」
少々荒い手つきになろうと、黎深の髪は簡単に櫛を通り抜けていく。
多少腹が立つのは仕方が無いだろう。
他人に髪を触られるのを嫌う黎深。
この邸において、百合以外に黎深の髪に触れられるのを許されるのがだった。
だからは髪に関しては文句を言わずに手伝うのだ。がやらねば、本気で黎深は髪を結わずに出仕するだろう。けれど裏を反せば、それ以外には文句を言う。
「あ、あっ!皺になります」
「…そんな事より、お前。その服で行くつもりか」
「はい。そのつもりですけれど」
「まさか、自分が侍郎になった事を忘れた訳じゃ無いだろうね」
「………………忘れてました」
黎深に馬鹿にされながら、は小豆色の式服を着た。



新たな門出に相応しいといえるだろう。青く澄み切った空。
窓から外を眺めていたは、景侍郎に声をかけられて前方に向き直った。
「戸部尚書、黄奇人様。戸部侍郎、景柚梨様、李様。御入殿でございます」
奉天殿に入ると、進士、特に最前列三席に向けられていたであろう視線が、一気にに寄せられた。皆、新しい戸部侍郎を見ようとしていた。仕方が無いだろう。先日侍郎になったとは言え、正式な行事に顔を出すのは初めてだった。
「………李侍郎達が及第した時以上の騒がしさだな」
「それはそうでしょう」
心配げな景侍郎の声を聞きながら、は会話に加わらずに前方を見ていた。
最前列には、三人。右に杜影月、左に紅秀麗。中央はやはり空席で、四席の碧珀明は二列目の最も右にいた。他にちらほらと臨時礼部官としてが関わった者達が目に止まる。
女人の探花及第。
喜ばしき事だった。絳攸も黎深も戸部尚書も喜んでいるし、としても色々と進めやすくなる。そうは思っていも、今だに彼女に対するもやもやとした気持ちがの中にあった。何がこれ程邪魔をするのだろう。
低い鐘の音に、は意識を外に向けた。禁色を纏い、最後の入殿者が入ってくる。
緊張した空気の中を進む彼は、今だに花を下賜していない。
一国の主ゆえに、孤高の人。
傍にいられるのが、それ程長くは無いであろう事には気付いていた。花を下賜されたからと言って、傍にいられるとは限らないが。どちらにせよ下賜されるつもりはなかった。
劉輝が席に着くと、担当の礼部官が前方へと進み出た。
「本年度、第一席及第者。状元、杜影月」
返事をし、進み出たのは余りに幼い少年。
「第二位。俸眼、藍…龍蓮」
重い沈黙が落ちる。横目で見ると、楸瑛は何とも言えない顔をしていた。
「兄不孝だよ、龍蓮」
幸い、その呟きには誰の耳にも入らずに消えた。
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