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色選び
ドリーム小説 「で、何があったんですか」
先ほど、挨拶もなしに飛び込んで来て玉にしがみ付くという暴挙をしたは、その時の衝撃からか、今だうっすらと赤い頬を冷やしながら事の顛末を話した。
それを聞きながら玉は思う。いつかこんな事になるだろうとは思っていたが、意外と早かったと。いや、彼の年齢を考えればおそすぎるのだが、なんせこの友人は玉に友人とは何かと訊ねた人間である。
の出生や生い立ちを、玉は全くと言って良いほど知らない。そういうものを全く知らないで育ってしまった境遇など、幸せだったとは思っていないが。
けれど裕福ではあっただろうと玉は思っている。時々垣間見えるまるで貴族のような動き。
碧家門下四家である欧陽家の血が言う。彼は、私より上の人間だと。
「玉?」
「………それは恋でしょうね」
明るく言うと、は机に突っ伏しかけ、俯くだけで我慢した。なけなしの矜持だ。
「まあ、行く末安泰でしょう」
「は。男同士だよ。いや、それ以前に……」
好きなはずないだろうとは呟いた。あくまで両思いの可能性は考えていないらしい。
「私が言うんのだから信じなさい。大丈夫ですよ」
むしろ大丈夫じゃないのは此方の方だ。が突然抱きついたせいで、今頃あらぬ噂が流布しているだろう。欧陽侍郎と官吏が恋人同士だと。
今日の夜は詰問で終わりそうだ。



「決まったか」
「はい」
頬を冷やし、一先ず落ち着いたは、気を引き締めて戸部尚書と向き合っていた。
「若輩者で、体も弱く、お役に立てるかわかりません。けれど……」
はきつく拳を握った。
「私に戸部侍郎をやらせて下さい」
仮面の奥で、黄尚書が笑う気配があった。
「いいだろう。明日からお前は戸部侍郎だ。もう一人に挨拶して来なさい」
「はい」
が、その必要は無かったようだ。尚書室を出ると微笑んだ景侍郎がいた。どうやら盗み聞きしたらしい。
友人では無い。何か他のもの。例えば弟子に向ける様なその満面の微笑みを、は嬉しいと感じた。
「じゃあ、行きましょうか」
挨拶後、そう言って歩き出す景侍郎に、が何処に行くのか訊ねると、どうやら衣工に行くらしい。
景侍郎に連れて行かれたそこは、それ程大きくはなかった。ここで主上を始めとし、官吏、女官の鮮やかな服を作っているのだ。仕事時間中であるし、大きさを測るだけだろうと思っていたは、なぜか計り終えた後に大きな室に通された。横に座る景侍郎がなんだかとても楽しそうだ。
「これからがお楽しみですよ」
景侍郎の言った事は本当で、彼の声で次々と布が広げられる。
桜色、山吹色、柳染、萌黄、猩々緋、露草色、瑠璃色、胡桃色、桔梗色、藤色、淡青、桧皮色、香、赤花、鳥ノ子色、紺藍。
「あの、景侍郎」
「装飾は当然決められていますが、侍郎になるとその他は自由なのですよ」
自由。これは、これはと、景侍郎と相談する。
ふと、視界に入った。懐かしくも忌まわしい色。藤色。禁色である紫に近い、我が家の色だ。
「……」
直ぐに視界からそらし、色の洪水の中に沈める。
「これなんかどうですか?」
「ああ、良いかもしれませんね」
「では、これで」
「はい、お願いします」
結局、決まった時刻はその日の仕事が終了したさらに後だった。

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