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歳末大仕合と言う名の稽古
ドリーム小説 絳攸が大変機嫌よく出仕したその次の日、何時もの様に書翰を持って尚書室を訪れると、なぜかそこに武官が二人立っていた。どうやら黄尚書の不機嫌の原因は彼らにあるらしい。
「景侍郎、どうしてここに武官が?」
「さあ、わたしもさっぱり……」
そういえば翌晩、明日は午前中に仕事を終えるよう絳攸に言われた。それとこの何とも言えない熱気。もしや彼に訊けばわかるだろうか。
は黄尚書に断りを入れ、昼休みを少し先に取って主上の所に向かったが無人。仕方が無くは人の波に乗り、熱気の中心部を目指した。どうも武官で何かあるらしい。それがどう文官に影響があるのかは分からないが。
それにしても、先ほどから後を付けて来る者がいる。歩きながら唐突に振り返ると、それは戸部にいた武官の一人だった。
「何の御用でしょうか」
声をかけると武官はの横まで来た。どうやら隠れる気は全く無かったらしい。
「いえ、御気になさらないで下さい」
「ならば付いてこないで下さい」
「はっ、しかし自分も仕事ですから」
言い切って、に武官は付いて来る。何なんだ一体。人ごみのなかからやっとの事で目当ての人物を見つけ出し、は声をかけた。
「藍将軍!」
殿!?どうして此処に」
「今日は一体何があるんです?戸部には武官がいますし、主上も見当らないのですが」
彼は花菖蒲の紋が彫られた剣を持ち、完全に戦闘着だった。その周りがなぜか空白地帯となっており彼と若い武官一人しかいなかった。彼には失礼かもしれないが、まるで藍龍蓮が現れた街中の様だった。さらに強い殺気も感じる。
「ああ、今日は――」
その時、ドンドンと正午の太鼓が鳴り羽林軍両大将軍が現れる。遠目だが見るのは久しぶりだった。
「これより、羽林軍主催歳末大仕合を執り行う。人数が多すぎるため、一対一の仕合形式ではなく、関門を設けてのふるい落しになる。関門は三つ。第一関門が外朝、第二関門が内朝、最終関門がその奥、後宮だ」
その言葉になぜか気合の雄叫びがあがる。何がそんなに嬉しいのかにはさっぱり分からなかった。
「各関門、どんなふるい落としかはその目で確かめろ。全関門を抜けた先にあるモノを用意した。それを手に入れたヤツが優勝だ。ただし、俺と燿世はそのあるモノの前で待ってるぜ」
無理だろうとは思った。さすがに藍将軍も唖然としてしるじゃないか。
「別に俺らを纏めて倒せとは言ってねーぞ?ぞのあるモノを手にいれりゃ良いんだ。たとえば生き残っているヤツと組んで布陣展開、隙つくって俺と燿世抜いてお宝を奪い取るとかな。まー追いかけるけどな。俺と燿世倒すのが一番確実ってことだ。どしどし一騎打ちにこいや。明日から世界が変わるぜ?大体こんな感じかって、おいこら!取り入るんじゃじゃねーぞ!」
久しぶりに手合わせしたいなと思っていたは内心舌打ちした。武官達の単純さを思えばすぐにのってくれそうだったのに。
「わざわざそんな事しませんよ」
「嘘付け。お前が来たら本気でしなきゃならないだろうが!」
えっ、と武官達がこちらを見る。
「ほらさっさと戸部に帰れや。心配しなくても剣を振るう用はすぐ出来るぜ」
第一関門に使われるとは確信した。目線で黒大将軍に挨拶して身を翻す。
戻りがてらどこかで剣を見つけなければ、護身用の短剣だけではやりづらいだろう。



「――失格!」
「なるほど、この為だったのですか」
足蹴りによって気絶した武官達の懐をあさり、は呟いた。手に持った『籤』には『戸部の李官吏と一騎打ち。彼を気絶させる』と書かれている。まあ無理だろう。宋太博には及ばないが、藍将軍よりは強いと自負している身だ。問題は布陣を敷かれた場合だけだろう。一騎打ちと籤に書いてある以上無いだろうが。武官達から一番良さそうな剣を奪うと、すぐさま背後にいた武官(と言うよりもゴロツキ)を薙倒した。武官の一人が自分用という事は朝からいた武官はきっと黄尚書用だろう。時折やってくる武官を倒しながら、戸部を目指す。途中でなぜか小動物をめいっぱい抱えた楸瑛とすれ違い、紅家の影に追われた武官とも出会った。しかもあれは当主用の影、つまり精鋭揃いの黎深の影だった。一体その籤には何が書かれていたのだろうと思いながら、は武官から目を逸らした。運があれば生き残れるかもしれない。
急ぎの為に、何も言わずに尚書室の扉を開けると、一瞬で目の前が暗くなった。思わず受身を取る。地面に体重がのった途端、それを蹴り上げると立ち上がった。ごろと横に転がった者を見ればそれは気絶した武官だった。中には不機嫌全開の上司。
「黄尚書」
か」
きつくなった黄尚書の視線に、振り返った景侍郎は顔を青くさせた。
「大丈夫ですか!?」
「はい?」
景侍郎がおろおろしながら手ぬぐいを出した所ではやっと自分の状態に気付いた。
「大丈夫ですよ。全て返り血ですから」
笑顔で言う事じゃないと思いながら血の付いたの頬をわざと強く拭くと、思ったとおり一瞬が顔を歪めた。そろりと本人は意識していないだろう目使いで自分を見て来た。
「やっぱり。返り血だけじゃないじゃないですか。自分の身は大切にして下さい」
景侍郎は初めて見るその表情に怒れなくなった。昔から全く弱みを見せない彼が最近少しではあるがやわらかくなって来ているのを知っているためだろうか。仕方が無くいい年した自分が拗ねたようになってしまった。
「すみません」
は小声で謝ったが、暫くして何か感じたのだろう、景侍郎に全て拭かれる前に尚書室を飛び出して行った。
「鳳珠」
黄尚書はもう仕事を再開していた。
「何だ」
「あんな表情も出来るようになったんですね」
「別に出来なかった訳ではないだろう。……仕事場で見せなかっただけで、此処では必要ではないからな」
自分が仮面を被っていても問題が無いように。
「そうでしょうけれど、何だか私は嬉しいです」
景侍郎はおっとりと微笑んだ。



少し落ち込みぎみの自分を叱咤しては武官たちを倒していた。
景侍郎にプンスカ怒られずに悲しみつつ怒られた。景侍郎の場合怒るよりこの方が聞くのだが、彼は全く気付いていないだろう。武官などいないのに出て来てしまった。
「李官吏!覚…ぐふ」
武官をまた一人倒しながらは思った。きっと黄尚書は気付いてるだろうなと。
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