溺れる蟻
水に溺れる蟻を少年は冷たい視線で眺めていた。
重い体は、もはや少しの力も残していないように、与えられた粗末な彼の寝床に横たわっている。昼間気力と意地のみで動かした分の疲労も加え、夜になれば先ほど飲まされた毒が体中を回り、自分は高熱を出す事になるだろう。
素人目にも基準値を大きく上回る量の毒、けれど死なない事は分かっていた。朝廷で飲まされた事のある毒だったからだ。つまり自分には耐性がある。
今は夕暮れ、明かりのないこの部屋では、もう少しすればほぼ何も見えなくなるだろう。
不意に今も自分のために食べれる物を探しているだろう少年を思い出す。
彼に自分を助ける理由は無い。
昔はともかく、今はもう全くの価値のない命。
自分を慕ってくれた守る者べき末弟もいない今。
どうして自分は生きているのだろう。
迷いなく振り上げられた小刀は先ほど浮べた少年によって止められた。
「じゃまするな」
そういいながらも少年は小刀を手放させようとする彼の動きに逆らわなかった。
「………じゃましないと、お前食べないだろう」
少年は小刀を彼の手の届かない所に置き、探し出してきたものを差し出して、食べるようにと勧める。
「…………お前は、水に溺れる蟻でも助けるのか」
少年は何も答えなかった。変わりに自分も器からものを取り咀嚼する。
苦げぇと、呟いた。
「ほれ、食えよ。暫くは動けなくなるんだぜ」
「分かってる。食べるに決まっているだろう」
のろのろと腕を動かしてものを掴み、またのろのろと口の中に入れる。舌が麻痺しているのだろうか、彼のようには味は感じられなかった。それでもゆっくりと噛み砕いて行く。
「な」
「………何だ」
「さっきの答え。……そいつが生きたがっているならな。出来るだけはしてやるさ。という訳で安心しろ」
「何がだ」
「余裕がある内はお前も助けてやる」
ふんと少年は鼻を鳴らしたが、上手く出来たかどうかは分からなかった。
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