ぼやける境界線
ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ。
これぐらい濡れたらもう歩いても変わらないなんて思いながら、それでも軒下に向かって私は走る。

雨は嫌いじゃない。街は雨音と共に暗くなり、見慣れた店も全く違う色になる。この風景がモノクロ写真のようで好きだった。眺めても飽きない、偶然の場所での風景。

傘を差して親子が前を通り過ぎて行く。手には湯気のたったおやつ。

『家にはもう、子供を食べさせる金なんてないだろう?』
自分を引きずる、父親の声。自分の泣き声。
『でも、あなたこんな……』
『この子は何の役にも立たないじゃないか!』
母親は泣いている。唾が、顔にかかった。
『せめて、もう少し大きくなるまでは』
『丈夫なら良かったんだがな』
背後は崖、その下は存在しない街。
『やっぱり、お前は生まれた時に殺しとくべきだったんだ』

不意につん、と鼻の奥が痛んだ。いけない、珍しく感傷的になっている。
調度良く携帯が鳴った。相手はシャル。
「今どこ?」
声質から、一瞬にして余計な感情を外に押しやる。一気に屋上に跳んだ。
「ホテルからそう遠くないとこ」
「良かった。急いで来てくれないか?」
言われる間もなく、移動している所だ。
「何があった?」
「ウボーとマチがやられた。ウボーはただの怪我。マチの方は……」
言われた症状に急いで、効果的な応急処置の指示を話しながらアジトに走る。

雨は好きでもない。ありえない日常を望んでしまうから。
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