ライムライトに照らされて
ドリーム小説 気付いたら海の上で、手に持っているのは鞄一つ。
とりあえずと、船内を眺めてこれがマルクト帝国のグランコクマ行きであることを知って、呆然とした。
それから半日を現状理解と観光に費やした私は、運よくその日の夜にレストランの叔母さんに声をかけられお世話になることになった。そこは夫婦二人でやっているレストランで、愛想のいい看板娘を探していた所だった。
記憶喪失?そりゃ大変。でもお客には物珍しいと人気が出るかもね。そうしてとっさの苦し紛れの嘘を前面に出して私は働くこととなった。そのうち常識を学び、常連さんも出来、近所付き合いも上手くなった。けれど三年目、とある金持ちと結婚しろと夫婦から迫られた私は店を飛び出し、今に至る。
昼間はカップルや親子ずれで煩い位のグランコクマの広場も、深夜となれば人は一人もいない。そんな中噴水の端で私は蹲っていた。
馬鹿なことをしたものだと、自嘲する。
澄んだ青い海も、塩風も、綺麗な空気も、優しい叔母さんたちも、常連のお客さんたちも、広場の噴水も、新鮮なエンゲーブからの食材も、活気のある庶民の祭りも、ピオニー陛下のお誕生日のパレードも、時々出会う『本物の彼ら』も、みんな好きだった。大体は遠目に見ただけだけれど。
私はこの町を生まれた町よりよっぽど愛している。
でも。記憶喪失の私の事は明日にはもう夫婦から話が回ってしまうだろう。
グランコクマは広いが、ここにはいない方がいいだろう。
「…明日には出ないとね」
グランコクマを出て、私に行くあてなどあるわけがない。けれど、ケセドニアを経由してキムラスカに行こうかと思っていた。譜業の街シェリダンや首都バチカルに行ってみるのもいい。
何とか前向きに考え始めた私は、こつんと近くで石を蹴った音にびくっとして顔を上げた。
「…っ、え、うわ、きゃっ」
バッシャン!
「…大丈夫か?」
「冷たいです」
「だろうな」
ほいと手を差し出されたので、私はその―顔が余りにも私の近くにあって、私が噴水に落ちる原因となった―人の手をとって、噴水の外に出た。
「びっくりするじゃないですか、パウルさん」
恨みを込めて、睨むと悪い悪いと軽く返された。
パウルさんは私が飛び出してきたレストラン「豚の背中」の常連さんだ。少し黒い肌にがっしりした体系。とても明るくそして気遣いの出来る人。庶民の風を装ってるが、実はお坊ちゃんでしたとか言われても、私はきっと驚かないだろう。
この人は大物だ。なんとなくはじめてあった時からそう思っている。
何故か持っていたハンカチを貰って、とりあえず顔を拭く。へくちゅとくしゃみが出た。
まだあたたかい秋にとは言え、全身水浸しは少しきつい。これで船に乗せてもらえるのだろうか。
そうなったら恨む。そう思いながら横に座っているパウルさんを見ると、ぼーっと夜空を眺めたいた。
こんな夜更けにどうしたんだ?と彼は聞かない。
知っているのか。知らないのか。



少したわいもない話をしてやって、そしたら何だか溢れるように言葉が出てきたらしい。
涙ぐみがら馬鹿ですよねと話を終えたを見て、うーんと俺は考えた。
の希望する夫婦への恩返し(結婚したら入るだろうお金)も、グランコクマで働くことも、そして今よりも裕福な暮らしも出来る場所を俺は知っている。けれどそこにを就職させると言う事は、俺が誰だかに知られると言う事だった。
また一つ俺は、俺が俺として手に入れた安らぎを失う。
へぷし!
そんな思考はガタガタ震え始めたのくしゃみで遮られた。ずずっとが鼻をすする。
「あーも!」
諦めにも似た、自分を非難する声をあげ、がしっとの腕を掴んで、え、ええと声を出すも無視して俺は悪友の家へと向かった。
一応アイツでも風呂とがきれる服と、寝床ぐらいは提供できるだろう。
たった一人で何の確かな当てもなく俺の国を出て行くよりは、王宮の方がいくらかましなことなんて考えるまでもなかったのだ!
そのかわり絶対に俺のメイドにしてやる。そう思いながら、門を開けて、階段を駆け上がり、がんがんとジェイドの邸の戸を叩いた。
← back to index
template : A Moveable Feast